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俺の勤める病院に相葉君が両親と一緒に連れてきたのが智。

食欲がなく身体が怠くて吐き気がするという。
一通り検査をする事にした。

尿検査で妊娠の反応が出た時は、驚いた。
だが、そこまでじゃない。
なぜなら尊敬する先輩がずっと研究していた内容に覚えがあったから。

問診票の性別欄はどちらにも◯は書いていない。
恐らく…両方の性を持っている…
そして、凄い偶然だが松岡先輩の研究対象者…
先輩に連絡し確認をした後、診察室からスタッフを退室させて智と二人で話すことにした。


俺は…智を直ぐに

親父の医院に連れて行った。

俺は内科医
親父は産婦人科医。
お袋は助産師だ。

この智との出会いが、親への小さな反抗から内科を選んだ俺が後に産婦人科医に転向するキッカケになったんだ。

そう…救急と同じくお産に時間なんて関係ない。
24時間体制で訴訟沙汰が頻発する産科。
少子化のお陰で産科より婦人科での診察の方が多い現状。
今ではウチのような小さな個人医院は経営難で減少していく一方だ。
それでも親父達はやめようとしなかった。
俺は継ぐつもりもなかった。
一生、雇われ医師のつもりでいたのに。

リスクのないお産なんて一つもない。
ただでさえ智の妊娠と出産は母子共に大きなリスクを背負っていた。
ちゃんと、それを智も理解していた。
その上で… "産みたい" そう言って嬉しそうに…
とても綺麗に泣いたんだ。

カイを無事に帝王切開で取り上げた時、俺は親父達が産科医院を続けている理由が少しだけ分かった気がした。
沢山の誕生する新しい生命の中でも海斗は俺の道しるべとなった。

智が自分の命を削ってでもカイを産みたかったのは

"僕が大好きな人からの最後の贈り物だから"

だった。

少し早目に産まれてきた小さなカイを初めて抱っこした時…智の口が "しょうくん…" そう動いた。
そうか…智の大好きな人は  "しょうくん" って言うんだな。つまりは赤ん坊の父親。


その "しょうくん" は、いつまで経っても会いに来る事はなかった。