「せんぱ~い······。」
Breeze の音作り班が一息つこうとしている所に、violet butterfly のメンバーがやって来た。
「音が少ないと思ったら、3人でやってたんですね。あめしー先輩と幸永先輩いないんですか?」
と、有坂が聞くと、
「その2人ならあそこにいるよ?」
と、第二音楽室の奥を指差して、阿佐野が答えた。
violet butterfly の5人は口を揃えて、
「···えっ?」
と言い、キョトンとした表情になっている。
「あんな所で何してるんですか?」
と、誰もが思うであろう事を、七海が質問した。
霜月の提案したテーマの歌詞が雨都1人では難しい為、霜月も一緒に書いていると、篠森が説明した。
「あめし~先輩が難しいテーマって何ですか?」
想像つかない、と言いた気な表情で、矢釜が聞いた。
「男女の掛け合い的なやつらしい。歌謡曲でたまにあるやつ。」
阿佐野がそう答えると、
「歌謡曲やるんだ?」
と渡辺が言い、violet butterfly の面々は、ポカン、としている。
勿論、バリバリの歌謡曲チックな歌詞にはならないだろうと、Breeze のメンバーは推測している。アレンジも、歌謡曲チックなアレンジにする気も、さらさら無い。
「こうして見てると付き合ってるみたい···。」
古川が不意にそう言うと、早乙女が表情を曇らせた。
“ 優しくしないで ” が出来るまでの話の流れを知らないが故、仕方のない事ではある。
古川に悪意はない。
早乙女の表情の変化に気付いた篠森は、早乙女に寄り添い、
「大丈夫?悪気のある言い方じゃないから···。」
と、古川のフォローをしつつ、早乙女を気遣った。
先日、阿佐野が提示した作詞作曲の期限は今日まで。
しかし、“ メロディーラインは出来てるから余裕でしょ ” と言う、雨都の憶測は甘かった。
darling & honey の honey側が書けないと言う雨都と、提示したが、作詞になれていない霜月。
“ こう言う感じの歌詞を書きたい ” と言う、霜月の漠然とした表現の具現化に、手こずっている様子が見て取れる。
「あめ氏もシモも、少し休憩したら?」
見兼ねた阿佐野が歩み寄って声を掛けると、
「えっ···、凄ぇ書けてんじゃん!」
と、作詞ノートが目に入った阿佐野が驚いた。
「さっきも言ったけど、darling側は書けるのよ。honey側の具現化が難しくてさ···。」
と、雨都が言うと、
「コレもう完成じゃないの?あとどうしたいの?」
と、阿佐野が言うが、声に落ち着きがない。
阿佐野の想像以上に書けていた事に、驚きと動揺が隠せない様だ。
「あとはサビを3つ くっ付けたい。俺のサビ、幸永のサビ、2人のサビ。」
左手の指を折りながら雨都が答えると、
「私ちょっと休憩したい。」
と、霜月が言った。
それはそうだろう。霜月が提案したテーマではあるが、雨都の急な指名を受けた上、慣れない作詞をしたのだ。疲れない筈がない。
「じゃあ休憩すっか。俺もちょっと気分転換しよ···。」
雨都がそう言って立ち上がると、霜月もほぼ同じタイミングで立ち上がった。
雨都と霜月は、violet butterfly の5人が来ている事に気付いていなかった様で、振り向いて初めて気が付いた様だ。

中嶋から聞いたのだろう。Angel Beat Company に行く話や、他愛の無い世間話をしながら過ごし、それぞれの練習に戻って行った。
その後、darling & honey は完成し、雨都と霜月も、音作りに加わった。
5人になった事で音作りは順調に進み、早乙女作の2曲と、darling & honey 以外の曲は完成し、完成度を高めて行く事となったが、18時が近くなって来たと言う事で、後片付けに入った。

翌日以降、Breeze は、10月31日のハロウィンフェスティバルに向けての練習を中心に、それと並行して、新曲の音作りも行なう事となったが、violet butterfly は、ハロウィンフェスティバルには出演しない為、文化祭のライヴに向けてのセットリストを組もうと言う話になっていた。
しかし、入学当初はギター初心者だった有坂をはじめ、メンバーの技術が向上して来ている為、各々がやりたい曲が増えて来ている様で、その分、選曲も難しくなる訳である。


        *        *        *


「もう明日って早くない?」
早乙女が言った。
10月30日の授業終了後、Breeze の5人は、双弧珠川駅前の特設ステージに向かっていた。
これから、ハロウィンフェスティバルのリハーサルが行なわれる。
リハーサルとは言っても、大掛かりな内容ではない様で、タイムスケジュールと動き方の確認と言う、比較的簡単な内容だった。
リハーサルは早々に終わり、聖が丘学園に戻っている最中、
「そう言えば flowers parasol も来てたね。出番は後ろの方だけど。」
と言った阿佐野は、
「忙しいのかな~?声掛けようと思ったんだけど、リハーサル終わって直ぐにいなくなっちゃったんだよね···。」
と続けた。
すると、
「flowers parasol で思い出したんだけど、私の母さん聖女出身でね、軽音部でギター弾いてたんだって。でね、母さんが作った曲の音源借りて来てるんだけど···。」
と、早乙女が言い、ライヴ等で演奏しない事を説明した上で、皆で聴く事を提案した。
聖が丘女子学院の生徒だった早乙女の母が作った曲の為、ライヴで演奏出来ないのは残念だが、早乙女の母から出された条件を無視する訳にはいかない為、聴いて感想を言うだけに留めた。
「てかさ、もう17時半じゃん?今日の練習どうする?」
時計を見た篠森が言い、阿佐野の顔を見た。
「今日は良いんじゃない?俺達明日授業出ないけど出席扱いだから、ハロフェスの集合前に、多目的室で1回合わせれば良いでしょ。」
と言う阿佐野の返答があり、帰りの支度を始めた時、多目的室の扉が開かれ、矢釜が顔を覗かせ、
「先輩達、戻って来てたんですね。」
と、キョトン、とした表情で言った。
「もう少しで帰る所だけど···。」
霜月がそう返すと、
「文化祭のセトリの相談なんですけど、良いですか?」
と、矢釜が言った。
Breeze の5人は、「えっ?」と言う表情を出してしまったが、矢釜はそれに気付かず、
「やりたい曲が多過ぎて選び切れなくて、相談しようと思って。」
と言った。
“ やりたい曲やれば良いじゃん。”
そう思う人が多数だろう事が推測出来るが、それを彼らに言わせてしまうのも、如何なものだろうか。
と、思ってしまうが、個人的な意見は、この際他所(よそ)に於いて置こう。
矢釜はやりたい曲を記したリストを見せると、
「コレ多過ぎない?やりたい曲の中から、出来る曲を選んでみたら?やりたいだけじゃなくて、やれる曲。技術的に難しかったり、厳しい曲を外して再考してみたら?」
と、早乙女が提案した。
それを聞いた矢釜は、
「そうですね。皆とまた相談してみます。」
と言い、第二音楽室へと戻って行くと、Breeze のメンバーは荷物をまとめ、家路に就いた。