五体不満足!
今日は、障害者の日です!
【活用場面】
乙武さんに学ぶ!我々の悩みが如何に小さいか。
乙武洋匡さんは先天性四股切断という、原因不明の手足のない障害を持つ身体で生まれてきました。しかし、東京世田谷の用賀の幼稚園、小学校、中学校、戸山高校、早稲田大学と普通に学校に通い、大学卒業後は、「スポーツの素晴らしさを伝える仕事がしたい」との想いから、執筆活動を開始しました。また、スポーツライターとして、シドニー五輪やアテネ五輪、サッカー日韓共催W杯など、数々の大会を現地で取材もしました。
2005年4月からは、東京都新宿区教育委員会の非常勤職員「子どもの生き方パートナー」として教育活動をスタートさせる傍ら、明星大学の通信課程に学び、2007年2月に小学校教諭二種免許状を取得し、2010年4月まで杉並区立杉並第四小学校教諭として勤務していました。
手足が無くても健常者と全く変わらない生活を楽しんできたのです。
電動車椅子で屋外は歩行しますが、無い手で上手に字を書き、ビールも旨そうに飲みますし、パソコンにかけては超名手です。とにかく、頭が良く、気が強くて優しい心を持った乙武さんは、いい先生といい友人に恵まれたそうです。小学校の2人の先生は、手足が無くても普通の子と差別をしなかったそうです。
野球もやらせれば水泳大会にも山登りにも参加させたといいます。また、乙武さんも手足の無いのは僕の特徴と言って普通の子供のように振る舞ったと言います。
中学では、バスケット部、高校はアメリカンフットボール部の作戦役として都の大会で勝利を導きました。
どうでしょう?五体不満足でも五体満足の我々より素晴らしい生活をしているのではないでしょうか?
我々には既に満足な身体が与えられているのですから、これ以上何を望むのでしょうか?

ニイタカヤマノボレからトラ・トラ・トラ!
ご承知の通り、昭和16年12月8日、日本は英米に対し宣戦布告し、真珠湾攻撃、マレー作戦、香港攻略作戦、フィリピン空襲等を実施しました。
12月12日、閣議決定により本戦争を「大東亜戦争」と名称が定められました。
「トラ・トラ・トラ」は、日本軍の真珠湾攻撃の成功を伝えた電信で、意味は「ワレ奇襲ニ成功セリ」です。
ハワイ攻撃隊長淵田美津雄中佐の搭乗する九七式艦上攻撃機から発信された電文です。
聖徳太子が信貴山にて物部守屋討伐の戦勝祈願をした際に、寅の年、寅の日、寅の刻に毘沙門天が聖徳太子の前に現れ、その加護によって物部氏に勝利したという伝説にちなみ、日本の勝利を願って電文を「トラ・トラ・トラ」としたと言うことです。
昔の軍人さんの見識の深さに感心させられます。
古き良き日本!
今日は、針供養、事納めの日です。
【活用場面】
日本本来の良さを大切に!
今日は「御事納め」や「御事終い(おことじまい)」といい、農作業を締めくくる日とされていました。
旧暦の12月8日から2月8日は、農閑期であるとともに厳冬期なので、野外を避けて屋内での作業を中心にするための節目であったともいわれています。
現代の社会は競争原理が主流で、企業は競争社会で戦わなければつぶれてしまい、個人も競り合わなければ生き延びることが出来ません。
しかし、この狩猟民族的な弱肉強食の姿が、我々日本人が本来求めていた幸福な生き方なのでしょうか?
かつての我々の祖先は、自然に感謝し、自らの汗と努力により恵みを得る農耕社会でした。みんなで協力し、みんなで作物を作り、みんなで配分する社会、そして誰も傷つけないみんなが笑って暮らせる平和な社会を目指していたのでは・・・
もちろん、農耕社会がすべて平穏無事なわけではなく、そこには我々人間の英知の及ばぬ大自然との共栄と言う難しさがありましたが、昔の日本人は自然への畏敬の念を持ちつつ上手に生活していたんだなあと改めて感心しています。
我が国固有の農耕社会の勤勉、団結、協力の姿を大事にしていきたいものです。
P.S. 各種行事には、農耕社会の名残を多く残していますし、1年を二十四等分して熟語で表す「二十四節季」は本当に良く時期的特性を表していると感心します。
ちなみに昨日の12月7日は「大雪(たいせつ)」でした。まさに古き良き伝統を「たいせつ」にしていきたいし、本ブログの読者の皆さんとの出会いを「たいせつ」にして行きたいと改めめて感じています![]()