自分で作る学習教材!
既に本ブログに掲載しているとおり、DESE体験記で英語学習を継続していますが、伸び悩み気味です。
兎に角、一切日本語を聞かずに英語漬けにすることが必要で、以前セイン・カミュ宣伝のエブリディ・イングリッシュも活用して勉強していました。この教材は倍速の英会話と通常速度の英会話が録音されており、速いスピードの英会話になれると確かに普通スピードの英会話がゆっくり聞き取れるのを体感しました。
後は、自分のレベルにあった内容の教材であれば最適なのですが・・・
と言うことで、今現在はDESE(英語は絶対勉強するな!)を教材として聞き取れるレベルを確認中です。取り敢えず超初級編と初級編は終了したので、これが倍速で聞けたら「良い教材になるなあ」と思っていました。
そこで見つけたのがこの速聴 ソフトです。
お手持ちのWAV・MP3・AAC・M4A・WMAなどの音声ファイルだけでなく、FLV・MP4・AVI・MPEGなどの 動画 ファイルも高速・倍速再生 できる速聴 ソフトです。
変換ソフトは他社でも出ていますが、音質・画質ともに比較にならないほど鮮明・明瞭で、高速・倍速になってもしっかりと確認できる優れものです。
英語の勉強のみならず、いろんな教材や動画等を変換し、iPod等の携帯プレーヤで利用することも出来るので、時間のない時にも超便利です。
さらに凄いのは、右脳を活発化させて頭の回転を良くするためのトレーニングにもなるとの事です。
また、速聴により一回の学習時間を短縮して、繰り返し学習するため、忘却曲線による急激な記憶の低下を防いで、効果的な繰り返し学習により記憶に定着させることが出来るようにもなるそうです。
どうでしょうか?今ならキャンペーン期間中です。一度ご確認を!
ベルギー独立革命!
ブリュッセルの臨時政府は、1830年10月4日にネーデルラント連合王国の政府に対して反乱を起こし、ベルギーの独立国家の建国を宣言しました。
同年12月20日、ヨーロッパの列強はネーデルラント連合王国からのベルギーの「事実上」の独立を認めましたが、1839年4月19日、ヨーロッパの列強がロンドン条約に調印するまで、独立は完全には認められませんでした。
松下村塾の教えは永遠に!
今日は、デパート開業の日とシーラカンスの日です。
【活用場面】
自己の信念を持つ!実行力!
記念日にはなっていませんが、1857年(安政4年)吉田松陰が松下村塾を開講した日でもあります。
杉家の次男に生まれた松陰(当時は寅次郎といった)は、吉田家の養子に出されました。
養父が早死にしたせいもあり、5歳の時から吉田家の家督を継ぎ、この吉田家実は藩の山鹿流兵学(学祖は山鹿素行)の師範家であったため、わずか8歳の時に藩校の明倫館で教授見習いとなり、10歳で藩主の御前で講義をしたのは有名な話です。
松陰を指導したおじの玉木文之進が開いていた塾こそが最初の「松下村塾」です。
浦賀でペリー来航を見た松蔭は、直ぐに黒船密航を企て、失敗して下田で捕らわれて獄に入れられますが、1年2ヵ月後、松陰は釈放されて、自宅蟄居になります。
家からは出ることは許されないため、当初、自宅の3畳ほどの1室でおとなしく篭っていましたが、おじであり松陰の教育係でもあった玉木文之進が開いていた「松下村塾」を引き継ぐことにした。
さて、松陰が松下村塾で門下生とともに過ごしていた頃、幕府の大老職には井伊直弼が座っており、幕府の将軍はお飾りと化していても、実質的な権力者は大老にありました。
井伊直弼は開国し、朝廷の勅許もないまま通商条約も結ぶんでいましたが、松陰の思想は、「尊皇攘夷」であったため、反幕府的思想とされ、容赦なく弾圧しました。
これが有名な「安政の大獄」です。
長州藩は初め松陰を庇護していたが、いよいよそれも難しくなり、ついには松陰は捕縛され、江戸の小伝馬町に送られることになり、切腹ではなく斬首となりました。
武士として屈辱的な刑であることは言うまでもありません。
その時に詠んだ時世の句は非常に胸を打つものです。
「親思う 心にまさる親心 けふのおとずれ何ときくらん 」
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂 」
僅か29歳という若さでこの世を去った松蔭ですが、彼の精神的指導者・論理者そして実行者としての功績は、松下村塾の門下生のみならず現在もなお多くの人々の心に残っています。
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