七五三の商魂!
今日は、七五三、昆布の日、着物の日、かまぼこの日に生コンクリートの日です。
【活用場面】
日本文化再発見!商魂のたくましさ!
古来の七五三の形は「髪置き(かみおき)」、「袴着(はかまぎ)」、「紐落し」、「帯解き(おびとき)」と呼ばれ、各地各様に男女とも行われていました。
髪置きは2~3歳の間に行われ、その日を境にそれまで剃って短いままだった子供の髪を伸ばし始める儀式でした。
袴着は3~7歳の子供が、初めて袴(はかま)をつける儀式でした。
紐落しは5~9歳の間に、それまで着物を留めるのに使っていた紐を帯に変える儀式で、帯解きとも呼ばれました。
江戸中期、呉服屋がこの3つの行事を商業政策として取り入れ、1つにまとめ、江戸の町で宣伝しました。これが今日の七五三の原型だと言われています。そして武家や有力商人などの間で流行したものが、明治以降庶民に普及しました。
昔は医療・衛生的に未発達で乳幼児の死亡率が高く、成長する子供は幸運とされていました。そのため「七つ前は神のうち」といわれ、7歳未満の子はまだ神に属するものとされ、神がその運命を決めると考えられていました。そこで人々は数々の儀礼を行うことで、子供の無事な成長を祈りました。そして7歳の祝いはその不安定な時期を乗り越えた節目の儀礼であったため、特に7歳の祝いを重視する地方は多かったようです。
死亡率が高かった事を考えると本当に子供達を大事にしようと気持ちが伝わってきますが、それにしても昔から商魂たくましいと驚きです!
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大きい石と小さい石!
今日は、パチンコの日、いい石の日にアンチエイジングの日です。
その他、廃藩置県に因んで埼玉県民、大分県民の日でもあります。
【活用場面】
物の道理、順番が大事!
ナイロビで講師をしていた方の話です。
学生相手に、ある日タイム・マネジメント(時間の管理)の講義がありました。頭の良い学生たちを前に、講師は「それでは、ちょっとした頭の体操をしよう」と言い、5リットル程度の鍋を取り出し、壇上に置きました。講師はこぶし大の石も用意し、一つずつ丁寧に鍋の中へ敷き詰めていき、鍋いっぱいに石が敷き詰められたところで、講師は学生に質問しました。
「この鍋はいっぱいですか?」 これに対し、教室中の学生が「はい」と答えました。
講師は「本当に?」と言い、壇の下に手を伸ばして砂利の入ったバケツを取り出しました。そしてその砂利を鍋に注ぎ、砂利が石の隙間を埋めていくように鍋をゆすりました。そしてもう一度学生に質問しました。
「この鍋はいっぱいですか?」 学生たちは既に講師の言わんとしていることを感じ取っていました。「多分違うと思います」と学生の一人が答えました。「その通り!」と講師は返しました。
講師はまた壇の下へ手を伸ばし、砂の入ったバケツを取り出しました。その砂を石と砂利の隙間を埋めるように鍋に注ぎ込み、講師は再び質問しました-「この鍋はいっぱいですか?」 今度は教室中の学生が大声で「いいえ!」と答えました。講師はまた「その通り!」と返しました。
今度は講師は水差しを手に取り、鍋がいっぱいになるまで水を注ぎました。それから教室を見渡し、「この例から何が分かりますか?」と質問しました。一人の学生が手を挙げて答えました。
「予定がどんなに詰まっているように見えても、本当に努力すればもっと予定を詰めることができる、ということです!」
「違います!」と講師は答えました。「今の例から分かることはそんなことではありません。ポイントは、大きい石を最初に入れなければ、後から大きい石を入れることは決してできないということです。皆さんにとって人生の中で『大きい石』は何ですか?恋人との時間、信仰、教育、夢、…?
そういった『大きい石』からまず予定に入れていかないと、それらが予定に入ることは決してないのです。」
今夜でも明日の朝でも、この小話を思い出したら「自分の人生にとって『大きい石』って何だろう」と自分自身に問いかけてみて下さい。その『大きい石』が見えたら、それを早速予定に入れましょう。
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きりたんぽの由来!
今日は、いただきますの日、麺の日、きりたんぽの日、もやしの日、下駄の日、電池の日等々多すぎて書けません!
【活用場面】
きりたんぽの蘊蓄!
立冬も過ぎて、鍋の日も過ぎて寒さが増し、きりたんぽ鍋の恋しい季節です。
きりたんぽの由来をどうぞ!
昔、南部の殿様が鹿角の山中で空腹をかかえて、とあるマタギ小屋にたどりつき、長い串に飯を握りつけて焼いたものをご馳走された。あまりのうまさに「ウム、これは美味なるものじゃ、形が槍のタンポ(刃の部分を覆う鞘のこと)に似ているからこれからはタンポというが良いぞ」とおっしゃったので、それからタンポというようになったそうです。
きりたんぽは昔、八幡平の老沢、トロコの熊狩り猟師達の夕食でした。 トロコ、深、熊沢(八幡平地区の集落名)の熊撃ちのマタギは、熊を追うときの飯は、握り飯ではなくたんぽでした。クルミみそを付けて焼いたタンポと、タンポにニンニクみそをつけたものを食べていました。しかも、二日分も三日分も背負って歩き、飯は炊来ませんでした。 熊を撃てば、熊鍋にタンポを切って入れて食べました。 ある時、志張の西で発見した熊を追って夜明島へ、夜明島から玉川温泉の西北の柳沢 へ、そして柳沢から土ケ久保へ追って、阿仁のマタギの協力で熊を撃ちました。早速、熊鍋にタンポを入れて食べたら、阿仁のマタギ達は大喜びして熊鍋にタンポを入れて 食べることをマネするようになったそうです。
なお、「たんぽ」が「きりたんぽ」になったのは、鍋に入れる際、切って入れることから「切りたんぽ」・・・「きりたんぽ」と称されるようになったといわれています。
温まって下さい!
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