体罰が
問題になっています。
さて、
人間のやる気(モチベーション)の
きっかけは2つ
あります。
1つは、「痛み」による動機付けで、
もう1つは、
「快楽」による動機付けです。
どんな人でも
痛みを避けて、
快楽を得ようとして
人生を生きています。
嫌なことを避けて
好きなことをするということです。
もしかしたら
やりたいことでもできないと
反論される方も
いらしゃるかと思います。
やりたいことがあっても
できないというのは
やらないことや
怠けることが好きなだけです。
もしくは
やりたいとなんとなく
思っているだけで
本気でやりたいとは
思っていないのです。
やることによる
リスクや努力という痛み
を回避しているとも
言えます。
学校というのは
閉鎖された空間で
教育委員会やPTAなど
多少に関わり合いは
ありますが
企業と比較して
あまり外部との接触を
持ちません。
また、特に義務教育の
学校においては、
お客様を意識する
感覚をもっていません。
学校がとっている
マーケティング手法は
良い成績(進学や就職)
を結果として出すことで
口込みや広告などで
見込み客を集めることです。
最近は、生徒による
評価システムを取り入れている
学校もありますが
顧客満足度を、
あまり意識していない
学校が
ほとんどです。
予備校と比較すれば
一目瞭然です。
大手の進学塾では、
生徒による人気評価や
成績による評価を行い
先生の
報酬に反映しています。
学校は、予備校と比較しても
企業と比較しても
守られた
閉鎖的な空間なのです。
ですから、通常では
考えられない企業文化が
根付いていることが
多くあります。
体罰もこの1つです。
話を快楽と痛みの話に
もどしましょう。
スポーツの指導においては
生徒の快楽は、
「練習をさぼること」でもあり
別の生徒にとっては、
「きつい練習をすること」
でもあります。
快楽というのは人に
よって
異なるものなのです。
目標のもたせ方によって
快楽や痛みは
変化します。
・オリンピックに行きたい
・良い進学をしたい
・コーチのような立派な人になりたい
という気持ちがあれば
ハードな練習は
快楽になります。
一方で、
やることを強制したり
軽い気持ちでオリンピックを
目指しているだけですと
練習は、痛みでしか
ありません。
ましてや
体罰により強制的に
行わせることは
恐怖による動機付けに
なります。
恐怖による動機付けは
怯えながらストレスのもとで
行動するので
人間の本来の力を
発揮しませんし
監視の無いところでは
機能しません。
体罰により
生徒を動かして来た教員は
リーダーシップという
新たなパラダイムシフトを
導入して
生徒の気持ちを動かしていく
必要があります。
当たり前にやっていたことを
変えていくのは
本当に難しいことです。
しかし、彼らは
やり方は悪いのですが
生徒を叱るということが
できます。
もちろん、言葉の暴力は
いけませんが
最近は、
相手のことを考え
「愛をもって叱る」
ということが
できない上司が増えています。
そのことと比較してみれば
ストレスの捌けぐちとしての
体罰であれば
お話になりませんが
生徒のことを考えて
「叱れる」という面では
評価できることです。
結果を得るためにとった
体罰という手法が
悪いのです。
愛情をもって叱り
生徒とビジョンを共有することで
ハードな練習を
生徒自身が快楽と認識し
能動的に練習を行うための
新たな教育を目指して
欲しいと思います。
そして
日本の教育が
生徒本来の能力を発揮する
良い形に変化して
くれたら幸いです。
大変なことですが
新しいパラダイムを
先生自らが率先して勉強し
業界に新しい文化を
気づかれることを願っています。
最後に、
バズマーケティング(口こみを起こすマーケティング)
においては
商品の品質が重要になってきます。
顧客満足度を
高められない企業が
いくら差別化を
行なう結果(成績や進学)を
残したとしても
品質でも問題が
出た時点で口込みは
マイナスに働きます。
このことをしっかりと
認識していただきたいと
思います。
P.S.
経営は、人材の有効活用により利益をあげることが重要になります。
体罰を行わずに、生徒をやる気にさせるということは、
社員を動かすというこにも通じるところがあります。
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