0916東叡山寛永寺と開山堂。 | 渾さんのブログseason2

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現在ほぼ寺社参拝と日常の記録。

 

(載せ忘れたがトーハク、

 こんなイベントもやっていた。

 神物具錺(かざり)のおじいさんが

 こんな根付をくれたよ。蝶々かな?)

 

9月16日の東京国立博物館の

抱き合わせにしたのは寛永寺。

 

鶯谷駅で降りて先に寛永寺に寄りました。

天台宗関東総本山の東叡山寛永寺円頓院。

山号の「東叡山」は

「東の比叡山」という意味。

 

残念ながら改修中。

来年また仕上がったところで伺ってから

ご紹介するべきかも。

 

寛永二年(1625年)、

3代将軍の徳川家光の開基。

開山(初代住職)は天海、

本尊は薬師如来。

 

もともとの本堂は

トーハクの噴水あたりにあった。

トーハクがパワフルなのは

展示物のせいだけではないのかもな。

 

現在の本堂は

寛永寺の子院・大慈院のあった敷地に

明治12年、川越喜多院の本地堂を移築したもの

Wiki先生による)。

 

 

徳川歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠る。

 

17世紀半ばからは皇族が歴代住職を務め

朝廷との繋がりが深かった。

 

日光山比叡山をも管轄する

天台宗の本山として

近世には強大な権勢を誇ったが、

幕末の動乱期に主要な伽藍が焼失した。

かつての境内の大部分は上野公園となっている。

 

というわけで現在は普通の規模のお寺です。

 

(入り口の敷石の一つについていたマークが

 あまりに異様で撮影してきた。悪趣味?)

 

 

こちらは東叡山輪王寺。

トーハクの東にある。

本尊は阿弥陀如来(Wiki先生による)。

輪王寺はもと寛永寺の伽藍の一部で、

開山堂または慈眼堂と称されていた。


天海の死後、天海が崇敬する

良源を併せ祀ったことから

現在に至るまで「両大師」と呼ばれる。


天海(慈眼大師)と

良源(慈恵大師、元三大師)、

川越の喜多院と一緒だね。

角大師(良源が変身した姿)ののぼり。

 

何だか本堂の写真を撮り忘れてしまった汗。

 

飛び込みでも写経をさせてくれるみたい。

やったことないけどまたやってみたい。

 

 

 

 

この阿弥陀堂の中に立派な仏様が

みちみちに入っていた。

撮影禁止と書いてないので撮ってしまったが

それぞれご本尊を務められるような

立派な仏さまの気がする。

 

この言葉を唱えて手を合わせたせいか

(気を受けて)すごくぐらぐらになった。

 

素晴らしいお寺だった、また行きたいです。