職場は、重度障がい者施設。
知的、精神、身体の重度の方々が入所している施設で、パート支援員としてもう7年目。
育児も家事も一人でやってるので、今はパートタイマー。
でも、生活費その他の子ども達と生きるためのお金も最低でも15万以上は月々稼がないといけないので、フルタイム。
仕事内容が辛いせいか、常に人は足りてないし、社員の人たちもかなり突発欠勤があるので、職場での出勤日数は私が一番多いと思う。
子ども達が、元気に生活してくれているおかげで働けているから、子ども達には感謝している。
利用者さんは、言葉を話せる人は少ないし、話せる方は身体がほぼ動かなかったり、ハンディキャップは大きいけれど、私の中の働く上で大切にしている事は、それぞれの、障がいのない部分に重点をおくこと。
その上で、障がいのある部分を見たら、支援が必要な部分が明確になり、余計な手出しをして持っている力や意志を不用意に奪ったりせずにすむ。
私は、支援員としてその施設にいるけど、心に負っている傷による困難は障がいレベルだし、彼らとなんら変わらない、助け合って日々、楽しく生活している。
施設の利用者さん達は、裕福な家の子ども達が多く、休日の充実度なんて、うちの子ども達の比じゃない。
幸せってなんなのか、本気でわからなくなる。
職場にいれば、汚物に塗れたり、正面から殴られたり、ご飯も飲み込むように食べたり、休憩もないけど、それでも、私は職場にいる時が一番落ち着いている。
いまのところ。
働くことで、子どもたちの生活を守れるという安堵感は大きい。
休日は、ご近所の人たちと顔を合わせたくなくて引きこもり、運転が苦痛で仕方なく、家で子ども達が暇そうにしているのを見ては、申し訳ない気持ちで鬱状態に陥っていた。
どうして、モラハラ男の子供を産んでしまったのか、両親も頭がおかしい人で、それが祖父母になるのに、幸せに出来ないなら産まなきゃ良かったと、正直、今でも毎日思っている。
私がそうだったから。
生まれてきて良かったと思った事は、ただの一度もない。
子どものうちに、心がぶっ壊れてしまって、毎日が「めんどくさい」
この一言以外の感想はない。
それでも、子ども達を出来る限り幸せにしたい。
だから私は、仕事、稼ぐことが一番大事。
いまのところ。
一抹の希望というか、最後の夢は、モラハラ男と離婚して、愛し合える人と幸福を感じる生活をしたい。
私はもう、十二分に頑張った。
頑張ってる。
私が、幸せになりますように。