人間関係って、不思議と知らないうちに自分なりのルールを設けていたりして

ふとした瞬間に自分のそれを知ることがあります。

例えば
自分のことを偉そうに注意してきた相手が

人に言えるほど見本となる行いをしてないよな
と思うと

そういう自分だってこういうところあるじゃない!注意してる同じこと自分もしたじゃない!

みたいな、こと恋愛となると余計にそんな意地の張り合いみたいな時がありました。

完璧な人しか、人には注意してはいけない

というと大袈裟ですが、そんなところがありました。

完璧なんてあり得ないのですが、少なくとも
言うからにはあなたもちゃんとしてよね、みたいな。

なんというか納得感じがほしい、というところでしょうか。

まあもちろん、
例えば廊下を走るな!
という人が廊下を走っていたら説得力がないように

多少なりとも耳を傾けるには、あまりにも…という場合もあるにせよ

何か言われると素直に受け止める前に反論してしまう自分がいました。

親子間でもそういう部分がたくさんあったと思います。

反抗心ですね(^-^;

今は、少なくとも以前よりは素直に

この人は何を伝えてるんだろう? と素直に耳を傾けられるようになったと思います。

相手がどうとかの前に
言われることの内容を噛みしめるというか

それはそれとして一旦
受け止めてみる

もちろん誤解があったりもして、いやいやそんなつもりじゃないよとか
つい反論したくなる場合もありますが

そういう場合も
何が誤解させたのか
と、反論する前に静かに考えてみることも必要だったりします。

そして売り言葉に買い言葉で相手の理不尽な言い分につい反応してしまう自分も冷静さを持って接すれば

必ずしも受け止める必要のないこともある…わけです。

仏陀の話しに
自分の弟子をとられたと思った僧侶が仏陀に嫉妬心から誹謗中傷した際に
仏陀が伝えた話があります。

用意した食事を客人が食べなかったらそれは誰が食べるか?

それに対して僧侶は
自分が食べると答えます。

仏陀はそこで
あなたが出した食事を私は受け取らない
だからそれはあなたが食べるのだ…と。

つまり相手の誹謗中傷を受け止めて同じようにやり返すのは相手の食事を食べたのと同じこと

というわけです。

先日Yahoo!ニュースに
お笑いの山里さんがオリラジの中田さんに対して アイツは嫌いだとか言ったことに対して中田さんは、

忙しくて相手にする時間がないとかわした…とか言うニュースがありました。

それに対して山里さんも脱帽したとかなんとか
そんなニュースでした。

ここで応戦してしまえば
出された食事を受け取ったことになっていたでしょう。

この仏陀の話しは
「反応しない練習」という本に書かれていた一例ですが、なるほどな…と思いました。

まだまだ些細なことに
反応してしまう自分もいるのですが

時に相手の文句の表面上にとらわれずに奥を見てみると違う感情がそこにあったりもします。

同じようにカッとなって しまう前に一呼吸して冷静さを失わなければ
無駄に反応したり応戦したりしなくても良い解決案が見つかりますよね。

素直に自分を見つめる機会なのか

受け取らないでいいことなのか

反応して反論する前に
一呼吸…ですね!