前回、前々回のblogの補足としてのお話しをします。
いきなり本題ですが
人の愚痴を聞くのも楽じゃない、
┐(´~`;)┌
あの人愚痴ばっかりで
ウンザリする、
(-_-;)
あんなに文句言っていたのに、嫌いだという人と
仲良くしてる!?
(゜O゜;)?
愚痴を聞かされていた人が、それこそ愚痴を言っていた人に対して不満を持ち、信じられなくなって自分自身が愚痴りたい気分になったら、、、
そうなる前に、知っておきたい聞き上手テクニックとは?
よく悩み相談される人は、聞き上手でもあり、的確なアドバイスができて頼りにされることも多いわけですが
中には、相談ではなく愚痴を言いたいだけ・・・の聞いてもらってスッキリな人もいます。
まあ悩み事の大方はそうとも言えます。
愚痴も同調してくれる人がいるから言うのだ、という人もいますが
同調していたその相手が
愚痴をこぼしたその人のことをウンザリなんだと別の人に愚痴っている・・・
なんていう愚痴の連鎖が起きないように
人間『善』ばかりではないにせよ『悪』愚痴を言って黒い部分を増大させる必要もありません。
愚痴も程度によりますが、
よくよく聞いていると
『ホント嫌になっちゃう!結局私がやらなきゃならないのよね~』
ハァ━(-д-;)━ァ..
なんて台詞に
嫌ならやらなきゃいいじゃない!
と思うかもしれませんが
こういう人は実は言うほど嫌じゃないんです。本人の本心は。 本人が認めないまでも。。
表現の仕方や語気で、周りはその人の怒りのボルテージだの、テンションを把握しようとします。
そしてそれは、無意識に一般的な解釈や自分の判断による理解でもあり、受け手の心理状態も作用しますよね。
それを基準に相当怒ってるな、とかそうでもないなとか判断しているので
本当のところ、百パーセント理解するのは難しいというか本人しか正確なところはわからないのかもしれません。
だけど聞いてる方は、なんとか感情を理解しようと努めるあまりに
自分自身まで心を痛めて 自分のことをおざなりにして時間も心も費やしてしまう・・・なんていう行き過ぎなボランティア精神を発揮する人もいます。 (昔私もそんなことがありました)
この行為への忠告が前回のアライグマのメッセージの一つでもあります。
行き過ぎなボランティアをする前に、聞いてる側もよく見極めなくてはなりません。
結局のところ、こちらが鵜呑みにするほど深刻でないことも。 もちろん逆もありですが。
愚痴る人は、役にたてるつもりもないアドバイスでも真剣に耳を傾けて聞いてくれる人がいるのは嬉しいし、愚痴る気持ちはあながち嘘でもないし、スッキリしたいし
だけど聞いてもらえたらとりあえずおさまったし
さっき嫌いだと話していた愚痴る原因のその人からたまたまランチに誘われたけど、まあいいか。 ランチくらい。。そう思ったのも嘘じゃないし!
それが大人ってもんでしょ?
・・・とまぁこんな感じの心のつぶやきで、態度が180度変わって嫌いなはずの人と仲良くできちゃう切り替え上手?な人も世の中います。
聞いていた側は、あんなに真剣に聞いてたのになんだったんだ?
なんて気持ちになりそうですが
考えてみたら、仲悪いままより解決して平和になってることは良いことなわけで。。
聞いてあげた自分がばかみたい、なんて思う必要もないし
聞いてあげた、という気持ちがあるからこそ自分にも不満が生まれるのかもしれません。
けれどいいのか悪いのか
解決して仲良くランチにいったと思ったその人がまた
ランチに言ったらまたまたムカついてね~
なんて愚痴を言うかもしれないし
そもそも解決などしてない上辺だけだったかもしれないし(それを大人というかはわかりませんが)
まあ相手がどんな状態でどんな気持ちだったかは
本人しか本当のところわからないわけで
つまるところ、私が伝えたいのは、『振り回されない』ということですね。
『私は愚痴もうまくかわせるし、そもそもそんな人周りにいないから大丈夫だわ!』という人はそのままでOKですが
気がついたら、人のことに時間費やして、いつも愚痴る人のはけ口に、悪く言えば利用されているような感じがする・・・なんて気持ちになってしまっているとしたら、
もしかしてそれは自分自身の心の投影?
という観点でも考える必要はあるにしても
そういうわけでもないかも?と、心あたりがないならば
『距離を置いてみる』ことが必要です。問題からも、その人からも。。
全ての人へのメッセージの、『カエル』のメッセージです。
自分自身を滋養すべきなのに、勝手気ままな人の行動や言動に振り回されて一喜一憂したり、ましてや疲労困憊している場合ではありません。
もちろん、時間や心に余裕があるならばアライグマのメッセージにあるように分け与えることで誰かのサポートをするのも
良いことですよね。
しかし、愚痴る人にも
『はいはい、今度はなんですか(´Д`)』
なんて軽くあしらうと
不機嫌になるのでそれまた面倒ですし
なかなかちょうど良いさじ加減というのは難しいところですが
親身になって聞いてあげるのは
例え感謝されなくとも
自分自身のやるべきことを後回しでも聞いてあげたい、聞くタイミングだと思えるなら、
それは聞いてあげてよいだろうし、それも自己責任です。
でも、なんだか毎回損な役回りだなとか、妙に疲れるなとか負の感情ばかり増えてきたなら
気をつけましょうのサインです。
気持ちや時間に余裕ある時にサポートしましょう。
言葉と心が一致してない人の台詞にいちいち真に受けてはいられません。
(´~`;)痩せなきゃとは思ってるのよ~この間食が一番ダメよね!ポリポリ、、、
な~んて言葉と行動が一致してないことなんて案外ありますけどね。
とにかく、人の心配ばかりする人は、案外自分の心配をしなくてすむから・・・・という隠れた心理があるそうです。
適当にあしらうとかではなく
かといって自分をおざなりにしてまで聞き入れることもなく
うんうん、大変なんだね~、わかるよ~
辛いよね~
というのが相手は欲しかっただけという場合が大方です。
でも陰口は一緒になって言わないこと、変に同調しないことが得策ですけどね。
自分自身で解消できればそれが一番ベストだけれど、
時には周りの人に聞いてもらうことでスッキリしたり気持ちが和んだり
するものだし、違う視点をもたらされて解決の糸口が見つかる場合もあります。
ですが、気をつけたいのは愚痴が癖になっている人、、、 でしょうか。
ある意味話題がないから愚痴っているのではとも思います。
そして愚痴りあいの負の感情でも共感や一体感が生まれたりするというのもあるでしょうし
そもそも癖になっている人は、そんなに深いことを考えているわけでもないので
思った瞬間口に出していたりのだだもれだったりします。
全てがそうとは言わないまでも共通することはいくつかあると思います。
そしてそもそもが解決したいわけでもないので余計なアドバイスは要らないわけで、だから相手がそのタイプなら
あまり深入りせず明るい話題に切り替えたりして
こちらから話題を提供し 質問を投げ掛けたりしたら、意識も切り替わるかもしれません。
気分が滅入るほど愚痴を聞き入れる必要などないのです。
でも聞き入れるつもりないのに勝手に愚痴が始まっていたりする場合もあるから上手に距離をとりたいものです。
かといって、こういう人が悪者かといえば、
意外に真面目すぎるがゆえだったり
憎めない部分があったり
全否定するほど憎い存在ではないはずなのですが
我慢の程度を超えた人にはそんな部分を見る余裕がありません。
だからこそ滋養をするのですよね。
そして自分自身がこだわっているもの、好きなもの嫌いなもの 、手に入れているもの、自分が目指しているもの・・・それは何だろう?
と、滋養・浄化ができて
はじめて『何だろう』を確認できるわけです。
夫婦喧嘩は犬も喰わぬと言いますが
愚痴が癖になってる人
言う側も聞く側もほどほどに。
愚痴を言っている自覚もないくらい癖になったら大変です。
口は災いのもと
口に出すなら目指すゴールを意識したポジティブな宣言を♪