気になっていた映画『マレフィセント』を観てきました。

『眠りの森の美女』の魔女にフォーカスしたもうひとつのお話し・・・

ということですが、
悪役であるはずのマレフィセントの心を閉ざした理由を知ると

魔女というより、
翼の折れたエンジェル・・・というほうがしっくりいく気がします。

最近観た『アナと雪の女王』にしても

アナと雪の女王
2014/05/29 00:12

最近の映画は、閉じこめた心の解放というのを題材としたものが多く感じます。

嘘や裏切りなど、何かをきっかけに光が闇に変わる心。

逆にまた何かをきっかけに闇も光に成り代わる。
同じ『心』が、どちらかに振り子のように行き来することで

凍り付いたり、溶かされたり・・・

楽しい時は、天を舞うようなウキウキとした気持ちとなり、そんな時は
翼を広げて空を自由に飛んでいる。

そういえば最近CMに
『翼を下さい』の歌を使っているのが二つくらいありますね。

翼の折れたエンジェルは、心の自由を失い

暗闇の森を歩きながら、失った翼を思い嘆き悲しむけれど

茨でがんじがらめになった翼は

傷ついた心を茨で外敵から守ろうとすることで

さらに永遠に取り戻せない翼のように思えてしまう。

『茨』は、誰も寄せつけず、光さえも遮ってしまいます。

でも、わずかな隙間に
差し込む木漏れ日に目を向けると

完全に失われてはいなかった光に希望を見出だす。。。

もう一度翼を下さい・・・と。

生きていると様々な感情体験をします。

それこそが生きている証とでもいうように。

だから、心が感じとるものにどう反応しようと

それは私たちが誰もが与えられている自由で

選択の余地があるということかもしれません。

でも、誰もが翼を持って生まれてきていることを
失ってもどこかで覚えている。

魂が人間という肉体に宿る時、

翼は見えないけれど
自由な魂の記憶をどこか忘れていないように。

無いように思える翼を
求めてさ迷い続けている。

よく心が折れるという表現があるけれど

翼の折れたエンジェルは
心が折れたエンジェルなんですね。

骨も折ると治ったあとは
さらに強くなるともいうけれど(ちなみにそれは迷信だそうで現状回復がせいぜいらしいですが)

骨折り損のくたびれ儲け
(ほねおりぞんのくたびれもうけ)

という諺があるように
労力かけて作った茨の要塞で閉じこもるばかりでは、疲れるだけで、何もいいことがないわけです。

でも光に目を向けていたいと願い、目を向けていたはすが突如闇を見る時だってありますね。

マレフィセントだって
最初は大きな翼で空を羽ばたいていたのです。

失って初めて知る大切さ
という表現もありますが

何かに対比することで

手にしているものを再確認し

何を手放し、何を掴むのかを明確に知ることができる

そう考えたなら、光闇どちらにも恩恵はあるはずですね。

さて、今回の映画に登場するオーロラ姫と恋に落ちるフィリップ王子役の、オーストラリア出身の若手俳優ブレントン・スウェイツ

いかにも王子顔ではまり役です。

マレフィセントも、
アンジェリーナ・ジョリーになるまでの子役たちが次々と三人とも可愛いのです。

そして三人のおばさん妖精たちも

口が達者でうるさいけど
どこか憎めないキャラ。

マレフィセントのように
翼をもぎ取られ意気消沈して闇に閉じこもるというのは

誰もが他人事ではないし

人は、光ばかりでは存在しないんですよね。

自分自身の中に見る醜い部分と対面しつつ

愛という炎で変容させる。

『永遠の呪い』も、

言葉による呪縛にがんじがらめになる私たちの象徴のようです。

トラウマとなった一言、

たった一言の言葉をきっかけに

人は簡単に心を閉ざすことだってあるんです。

でも魔法の言葉がまた
翼を呼び戻してくれることもあります。

最近のディズニーの映画を観て思うのは

誰もが『心の闇』は、光と同じように持っているけれど

『闇』に対する捉え方を
変えて、そろそろ解放する時だ、というメッセージのように感じます。

結局、裏切りがなければ
呪いをかけることもなかったマレフィセント。

けれどそのプロセスがあったからこそ

最後に自分自身の中に『本物の愛』が宿っていることを知ることができたんですよね。

そしてアンジェリーナ・ジョリーの黒い衣装に赤い唇がなんとも印象的でした。

暗闇(黒い森)の中でも決して消えない愛(赤いハート)のように。。

善悪だって時として、微妙なものもあって

どんな価値観を持ち、
どんな定義を前提としているかで 見えるものも
変わるから、

よく、どこからが浮気か?という質問みたいに

線引きが人それぞれなだけに

『ダメ』にも一つの決まりがないものもあり

だからこそ、何がOKなのかそうじゃないか

自分はどうありたいか? にいたるまで

自分自身の闇の部分に対決して変容する時が来ているのでしょう、今大勢の人々に。。

フランスの作家スタンダールの長編小説『赤と黒』のタイトルの理由は
わからないけど、
燃える赤い炎のような情熱と黒い欲望、みたいな
そんな意味もあったりして?

マレフィセントへの裏切りも黒い野望が絡んでいたし?

マレフィセントを観た人は、どんな感想を持ちましたか?

これからの方、3Dお勧めですよ。