「随処に主と作れば、立処皆な真なり」
ずいしょに しゅとなれば、りっしょ みなしんなり。
「いつどこにいても、どんな立場でも何ものにも囚われず、常に主体性を持って一生懸命行動すれば、もうそこには真実がある」
これは、サッカー日本代表キャプテンの長谷部選手が、
先輩から教わり、辛い心境から立ち直るきっかけとなった言葉だそうです。
怪我に見舞われ、成績も奮わず、試合にも出られず、さらには周りからのバッシング。
強いメンタルのスポーツ選手とて
時には辛い気持ちになることだってありますよね。
そして、こういう辛い心境というのは、誰しもが
経験してきたことかもしれません。
昔から代々伝えられてきた知恵にしろメッセージというのは
当たり前といえば当たり前なものばかりです。
だけれど、その知恵が
1番活かされるのが
苦境に立たされた時でもあり、
それが1番心に染み渡るタイミングでもあったりしますね。
今、健康に生かされている幸せ、
ご飯を美味しくいただける幸せ、
見過ごしがちなこの当たり前にある出来事に
改めて感謝する、ことができるのも辛い時だからこそかもしれません。
忘れていた自分を取り戻すチャンスと考えたら、有り難いことですね。
とは言え、やっぱり苦境に立たされたなら突破口をなんとか見出だしたいと思うもの
長谷部選手は、
「随処に主と作れば、立処皆な真なり」
この言葉に救われたんですね。
言葉には、言霊があるように
やはり良い言葉には魂に触れる何かがありますよね。
どんなふうに言葉を選んで遣うかで、
今の自分が変わり、今の自分の環境が変わり
未来に続く今が変わるから未来も変わる。
永遠に変わり続けるのが生きている私たちの宿命。
不意にやってくる変化も
自分自身で起こす変化にも臨機応変に対応するためには、
『言葉』というのは、やっぱり重要な気がします。
ある人の言葉に傷つけられた
ある人の言葉に助けられた
こういう話しはよく聞くものです。
愚痴を吐いても、吐いて終わりではなくて
そこにある気付きを
心に言葉として噛み締める。
昔の友人にこんな話しをする人がいました。
毎日のように友達から電話がかかり愚痴を聞かされるが、聞いてるうちに自分は彼女のごみ箱のように感じる・・・と。
はけ口という表現もありますが、ごみ箱と感じたくらい一方的だったのでしょう。
愚痴を受け止めてくれる
はけ口になってくれる相手に、
最後、『聞いてくれてくれてありがとう』とか
『あなたが聞いてくれたことで気持ちが楽になったよ、ありがとう』
とか、
たくさん愚痴をこぼしたからこそ
最大のポジティブエネルギーを持つ『ありがとう』という言葉は、
伝えたいものですよね。
そうすれば愚痴を吐いていた本人にも活力が戻るし、
場の浄化にもなりますよね。