少し前に書いたblogに
境界線 ~水脈⇒行くべき場所に繋がる道~
2014/03/03 22:47
この時にとある占い師の話しを載せました。
この伝え方についてに
予言と警告夢
2011/01/21 20:10
ここでもメッセージの伝え方について触れています。
メッセージを受け取る側にも責任はあるにせよ
伝える側にも責任が伴います。
不安を抱えた相手に伝える時には、
何故それを伝えるのか?
という動機が大切でもあります。
さもないと、疑心暗鬼にさせてしまう可能性があるからです。
疑いの心があると、なんでもないことでも怖いと思ったり、疑わしく感じることのたとえを疑心暗鬼といいます。疑いの深さからあらぬ妄想にとらわれるたとえで疑いの心をもっていると、いもしない暗闇くらやみの亡霊が目に浮かんでくる意から疑心暗鬼というようです。
そして、疑心暗鬼の語源・由来は、
疑心暗鬼の「疑心」は仏教から出た言葉で、「六根本煩悩」のひとつとされ、仏教の真理に対して疑いの心を持つことを意味した。
「暗鬼」は暗闇の中に鬼を見る意味で、疑心暗鬼は暗闇というだけで疑い、鬼がいるかのように見えると喩えたものである。
(インターネット辞書より)
そこで思い出すのが
杯中の蛇影
2011/11/22 23:31
杯に映った弓の絵の影を蛇と勘違いし、それを蛇と思いながらも杯を飲み干したら具合が悪くなってしまい、蛇を飲んだからでは?と心配したが、
後で杯にいた蛇は弓矢の絵の影だったと知ったとたん、体調が良くなったというお話から生まれたようです。
つまり、疑いはじめると、何でもないものにまでおびえてしまうという意味を杯中の蛇影といい
蛇ではないとわかったとたん体調が良くなるのは『病は気から』という事ですね。
不安があると雪だるま式に不安が大きくなり
あらぬ妄想で疑心暗鬼になることがあります。
もちろん警戒しなければならない危機を察知することは、大切です。
私たち人間には危機管理能力が備わっているのですからね。
それがどこからが過剰な心配の域なのかというのがまた難しいところですが、
疑心暗鬼になると
色んなことがつまらなくなりますね。
ありもしない妄想が楽しいことならまだしも
楽しくないものならば
それは際限なく恐怖になってしまうことさえあります。
けれど人は、嫌なことが続いたりすると悪いほうに考えがちですが
実際は心配いらないということがほとんどです。
法か善か?それぞれにある信念~『レ・ミゼラブル』(Les Mis rables)~
2013/02/14 22:36
信念とゼロポイントの勇気
2011/08/02 09:14
ここに、
信念とは、正しいと信じ,堅固に守る自分の考え。自信の念。
何を正しいと信じるかは
物事をどう捉えるかという事が影響されるという事を書きました。
『何故それをするのか?』と、問い掛ける事が大切だと。
相手を混乱させるためではないという動機に基づくメッセージには伝え方の工夫がされます。
次に、ありのままとわがままについてのblogの続きをアップしたいと思います。