母は月曜から土曜まで
デイサービスに通っています。
毎朝車のお迎えがきて帰りもまた車で家に送り届けてくれます。
一日どんなふうに過ごしたのか、夕方帰宅時間頃に連絡をしても、
何をしたかは忘れてしまっている母。
でも、実家に行くと
手作りカレンダーが毎月 季節の風物詩を表した切り絵で飾られています。
今月はこれ

松茸に秋刀魚が、美味しそうに並んでます。
終わったカレンダーの作品が畳んで閉まって置いてあったので、
母にせっかくだからしまわないで飾ろうよ、という事で私が預かり、私の部屋に額縁などに入れて飾ろうかなと思っています。
デイサービスも、歌を歌ったり踊ったり、算数や漢字テストをしたり
このような工作の時間があったり、習字やカルタをやったり結構楽しそうです。
仕事仲間のお母さんが通うデイサービスは、
国名漢字当てクイズみたいなのがあり、
例えば
亜米利加⇒アメリカ
伊太利⇒イタリア
印度⇒インド
埃及⇒エジプト
瑞典⇒スウェーデン
濠太剌利⇒オーストラリア
タジキスタン⇒汰爾奇斯坦w(°□°)w読めますか?
ここまで難しいのではなかったにしろ結構私も読めないな~という漢字が
出ていたのを話しに記憶しています。
折り紙で『鶴』を織ったりもするようでその方のお母さんは昔できたのに
出来なくなった自分に落ち込んだことがあるようです。
義母を介護した経験のある方に最近アドバイスされたのが
『認知症の人も時々冴えるときがあって、それは一日の中で何回か正気になるというか、忘れている自分に気づいて、落ち込んで鬱になってしまうことがあるから、気をつけてね』
というものでした。
折り紙が折れなくて落ち込んだそのお母さんもそのせいだったかもしれません。
話しはそれますが
タジキスタンという国では、美人の条件は『繋がっている眉毛』なんだそうですね。
眉毛を手入れしたり化粧したりするのは結婚前の女性がするのははしたない、という考えがあるようで、
育ちがよい事も美人条件であるためにそのような考えがあるそうです。
草をすり潰して搾った汁を眉毛と眉毛を繋げるべく眉間に描くと、一日は取れないそうで、タジキスタンの女性はせっせと
眉を繋げて描いているのです。
ところ変わればで
ずいぶん美人の基準も様々ですね。
話しは戻って、デイサービスでの毎日の細かいスケジュールはわからないけど意外に楽しそうです。
でも母が先日電話で突然
『自分は何のために生きてるんだろう?生きてる意味はあるのかなぁ』
何て言うものですから
びっくりしました。
それなりに工作している時間も楽しんでることとは思うけれど、記憶が抜け落ちて思い出せないと
ただぼんやり過ごしていると思ってしまったのでしょうか。
これが時々正気になるがゆえの落ち込みの一つだったりするのか
私は慌てて
『すぐそばにカレンダーあるよね?そうそう魚のね、あれ毎日行ってるデイサービスで作ったんだよ~。写真撮ったのを友達に見せたら上手だね~て褒めてたよ♪
毎日いろんな芸術を生み出して充実してるってことだよ~(^-^)
こないだ粘土で作った顔を写真とってそれも友達にみせたら、見るだけで
何故だか心がほっこり和むよ~ て言っていた友達もいたよ、
楽しんで、さらに人にも
和みを与えてるんだよ
なんで生きてるんだろ~なんて考えなくても
意味なんて考えなくたっていいんだよ。
魂になったらそういう工作もできないよ~
だから今生きてるからこそできること楽しめば
い~んだよ~(^-^)』
そういうと、
『そ~か~。なんか元気になってきた♪』
そう言っていました。
やっぱり落ち込んでいたのですね。
だから記憶がなくても
形に残って見える作品が
あることで、
ぼんやりでもうっすら
何となく自分で作った感じを思い出すみたいなので、
これからもデイサービスでは、このような作品を作る時間を設けてほしいなと思いました。
私の家にきたときは、
粘土でこねた感覚が蘇るかもしれないから
今後も時々粘土遊びを一緒にやろうと思っています。
毎月の母のカレンダーをめくる度に、季節折々の切り絵に、私も刺激されて作ってみたいな~っと
興味津々です。
ちなみに7月は七夕の切り絵で短冊に願い事が書いてありました。
『子供が元気に育ちますように』
まるで小さな子供がいる人みたいな内容ですが
私たち娘や孫の存在を
思い浮かべてくれたのでしょうか。
母にも元気にこれからも カレンダーを増やしてほしいです。