最近友人が「神様」は
いるのか?という事について別サイトでblogを書いたのですが、今日別の友人が

ふとした会話の中で
「神も仏もいないんじゃないかって思う時あるよ!」と、言いました。

それは、乗り越えられない課題はないとはいえ
あまりに酷い試練を
与えられた人にたいする
同情みたいな気持ちからのようでしたが

もう一人の友人は
「乗り越えられない課題は与えられないという言葉、最初受け入れられなかったね!」と

過去経験した辛い思い出話しを語りながら
言っていました。

神様の物差しというのは
人間の物差しと違うようで、

人間の物差しというより、
私たちが最初に計る物差しといった意味のほうが
しっくりくるかもしれません。

それこそ小さい枠つき定規で物事を見てしまいがちな私たち。

与えられた課題…それを乗り越えた時
神様と同じ物差しを実は自分も持っていたことに初めて気付くのでしょう。

それゆえ、過ぎてみれば
なるほどと思う事でも
なかなか悩みの渦中に

いくら神様はいるよ!
乗り越えられない課題は与えられないから
今それがあるだけだよ!
と、周りがいくらいったところで耳を貸す気持ちになれないこともあると思います。

悩みを相談されたら
周りはなんとか元気になってもらおうと
あれやこれやアドバイスしたり、ひたすら聞いてあげたり
手を差し延べたくなります。

ただ、アドバイスをするというのも
はたして役に立つかどうかは本人次第です。

そして、それは
あくまでも一つのアドバイスであり、
逆になんのアドバイスにもならないかもしれない。

そう考えると人に
「教える」という事
人生を説くというのも
本当の意味ではできないものかもしれませんね。

周りにできるのは
ひたすら耳を傾けてあげるか、

インスピレーションを与えることなのですね。

頭でわかるのと
まるごとHeartから理解するのでは
ふに落ちた感が違います。

私もゼロポイントだとか
陰陽の真ん中の答えだとか、グレーゾーンだ、空だ、、、と頭ではもちろん理解したつもりでした。

だけど現実問題、直面すると、とたんにわからなくなってしまったりしていたのが

やっとインスピレーションが降りてきて
ふに落ちたのです。

とはいえまだまだ
それを現実に活かしていくには学びが必要だと思いますが

このように
人には全て「時」がある
というか
タイミングというのが
あるように思います。

もし乗り越えられない課題は与えられないというなら、

今悩み苦しんでいる人も
いつかそれを乗り越え
神様の物差しに
ふに落ちる瞬間がやってくるように思います。

そして、ふに落ちるまでの時間が長くても短いとしても時間は関係なく

そこに至るまでも
セットでの課題なのかもしれませんよね。

課題をクリアーしたと思ったら、また別の課題が現れ、応用問題は
少しばかり以前とは
ひねりもあって難しい! なんて思わないとも
限りません。

いつか乗り越えられるけれど、まだ今乗り越えようとする手前で辛い気持ちになっている人に

周りにできることは
教える事ではなく

耳を傾けてあげること
見守ってあげること
インスピレーションを与える存在に自分自身も
なること…

だと思います。

そして、自分自身その課題の手前に震える時
周りのそうした人々への
感謝は忘れずにいたいと思います。

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