常識というのは
ところ変われば、時代も変われば、常識でなくなることがあります。
日本で立て膝ついて食事をしたら、行儀が悪い…とされますが
お隣、韓国では立て膝ついて食べるのが普通という…それはおそらく韓国のチョゴリという着物を着用してでの食事上、
立て膝つかないと食べにくかったのが始まりなのでは…と韓国の友人は言っていました。
その他、日本では茶碗を持って食べるのが普通とされてますが韓国は
茶碗は置いて食べるもので持って食べると、
変ね…と思われるそうです。
熱々のチゲスープとかを入れたりするから持てなかったのが始まりでしょうか?
日本と韓国を行き来する子供は、『常識』という枠を国により
変えていく臨機応変さが必要になるのでしょうね…
以前行ったモロッコでは
地元の子供たちが
楽しげにワイワイと
ゲームをして…るかと思ったら、
因数分解をゲームにして遊んでいたんです。
日本のように
DSとかゲーム機が溢れてるところでないですから
夜、家の中で遊ぶゲームは因数分解だったのでしょうか?
何人もの小さな子供が
あれは勉強というよりゲームでした。
でも勉強も、こうしてゲーム感覚でやったほうが
身につくでしょうね♪
タイにいけば、僧侶にむけて写真撮ったらいけないとか子供の頭撫でたらいけないとか、
一夫一婦制が当たり前という国も多い中
一夫多妻制が法律の国もあります。
こうして考えると文化の違いや時代背景により
法律や常識も実に様変わりしていることに気付きます。
最近の子供は
白い画用紙に黒い枠を書かないと絵を描けない…というのが増えているそうですが
枠にはめこんで
枠の中で生活する事に
すっかり慣れきってしまった私たちは
あたかもそれが
当たり前かのように
『普通は…こうだよね』とか、人を判断する材料に常識を使ってしまったりします。
しかしその普通は
実に不確かだったりするのですよね!
常識とか法律とかは
人間が作ったものですから、お国柄文化も違えば
当然ながらいろいろ変わってしまいます。
国民性…なんて言葉もありますし、
同じ国であっても
また価値観は様々です。
そこでルールを決めるのは至難の業ですよね。
法律だから常識だから…守るというよりも
人を思いやるとか自分も他人も大切にする…だから命を大切にする…とか国や文化や時代によっても変わる事のない普遍的な法則があります。
その法則を自発的に
『感じ』、『実行』するなら
法律とかも本当は要らないのかもしれませんね。
頭で理屈を考え、
だから~してはいけない!
のではなく
心でそう感じるから…
それをしない、
それをする
ネイティブインディアンも頭ではなく
ハートで考える、感じる大切を信条とします。
つい頭で考えがちですが私も頭でなくハートで
感じられるようにしていたいです。
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