1月12日 月曜日
(3)ヒンドゥー教石窟(13窟~29窟)
第16窟カイラーサナータ寺院 12:00~
「ラーシュトラクータ朝の君主クリシュナ1世(位756年 - 775年)の命により、カイラス山(須弥山、ヒンドゥー教ではシヴァ神が住むとされる)をイメージして100年かけて掘られたものと考えられている。ギリシャのパルテノン神殿の倍ほどの規模。石窟ではなく一つの高層建築物に見えない。」
山側に登るとこんな感じ。現地ガイドさん曰く、「今は危険なので山側に登るのは禁止で、ホイッスルを吹かれて注意されるよ。」と言っていた。登りたかったなあ。
↓ 正面の門
ん? 行列が出来ているぞ? 今日は平日の月曜日だぞ。
門を入って寺院を左回りにぐるりと見てから、寺院の中に入ったんだが、とくにかくインド人の観光客だらけ。
さすが、中国の人口を抜いただけの事はある。
遠足の女子生徒も団体で来てる。イスラム系なのかな?
↓ Dhvajastambhas(旗竿付きの柱)
↓ 神殿の、門から見て左側の回廊
↓ 神殿外側の彫刻
なんか、ヨーロッパっぽい。
↓ 神殿の中に入ろうとするとこの混雑。靴も脱がなければならないので、余計混む。でも、インド人は信者さん。私達はヒンドゥー教が何かもわかってもいない日本の観光客。
↓「ナンディン堂には、シヴァ神の乗り物ナンディン(乳白色の牡牛ですべての四足動物の守護神でもあり、シヴァ神が踊る際には音楽を奏でる役割を担っている)像が安置されている。像は観光客に撫でられ黒光りしていた。」
全然、牛に見えなかった。
↓本尊のリンガ
↓天井には壁画が残っている。
↓他にも色彩が残っているんだが、本当に当時も物かなあ・・・と、ちょっと疑っている私。
↓ ヒンドゥー教の神様たち(個々の名は分からない)
↓ 現地ガイドさんおすすめの撮影ポイント。多分門(城壁)の上。
インド人の多さにびっくりして、第16窟は終わった・・・。
3.ランチ 13:00~
エローラ石窟群の近くのレストランで。もちろん、ビュッフェ形式。
4.オランガバード観光 14:50~
オランガバードに戻って観光
(1)ビービー・カ・マクラバー
タージ・マハルを建設したムガール帝国第5代皇帝の息子が、奥さんのために建てた廟墓。ドーム部分だけ大理石だけど、あとは漆喰や石膏で作っているので、「貧乏人のタージ」「貧相」とか「ミニ・タージ」とか呼ばれている。
確かに。タージ・マハルの素晴らしさを再認識する。
そして、この後、現地ガイドさんからスケジュール変更の発表がある。
当初の予定:パーンチャッキー観光後、レストランで夕食。21:20オランガバード空港発→22:20ムンバイ空港着 ホテルへ。
「飛行機が欠航となりました。そのため、パーンチャッキー観光後、バスでムンバイのホテルへ向かってムンバイのホテルで夕食になります。」
でも、乗客は誰も「ええっ!」とか言わない。オランガバードに来る時の飛行機のセキュリティチェックの大変さ、飛行機が飛んでくるかどうかも分からない、なかなか搭乗口が決まらない、搭乗口が決まったのにそこまで行く通路が閉鎖されててなかなか通れない、なのにオンタイムで離陸という訳の分からない事態にげんなりしてたから。それにまだ、お腹いっぱいだし。340㎞位ならバス移動でいいや。という感じ。バスの運転手さんとそのアシスタントさんだけ急な残業になって申し訳ないから、客は手持ちのお菓子やらチップやらを渡す。
旅行会社からは日本に帰ってから早々に、飛行機代-バス代で7,500円が戻ってきた。インドでのビール代がチャラになった。
(2)パーンチャッキー
17世紀当時の灌漑施設だそうだ。
オランガバードには、他に観光する場所がないらしい。
5.ムンバイへバス移動 15:30~21:30
予想通り快適だった。自動車専用道路を通るので、ストレスなし! ただ、周りは畑ばかりなので、車窓からインドの人の生活を見ることはできないけど。
↓途中のドライブインで、現地ガイドさんにチャイをご馳走になったり(写真に写っている3人は知らない人だけどね)
↓ こんな山を見たり
↓ 夕日を眺めたり
6.夕飯 22:00~
ホテルは1泊目と同じコヒヌールコンチネンタル。オランガバードのホテルの方がランクを上なんだけど、このホテルの方がデザートの種類は多い印だよね。
思う存分食べた。





































