住む世界、生きるステージ、みたいなものは確かにある。

 

 

大人になってからそれをすごく感じたのは、数秘5人生の中では一番長く働いた会社に入ったときだった。

 

 

そこに入社したのは30代の半ばだった。

 

 

私は20代を「飲み過ぎて記憶なくなるのフツウ」みたいな感じで過ごしていた。

 

 

水商売時代は周りには「あらゆる性風俗の仕事を経て小金をため、金貸しの客となりそうな中小企業の社長を狙うためにホステスをしてる20歳そこそこの女子」やら「チンピラの兄が目の前で射殺されて怖くなって都会に逃げてきた21歳と言ってるけどホントは17歳の女子」とかがいた。

 

 

20代はほぼ夜の住人として過ごしていて、少しずつ昼の生活に切り替えていったところで、その会社に採用された。

 

 

そこには、着るのは天然素材のふわっとしたワンピースで、オーガニック系のブランドのほんのりメイクで、ランチには無農薬野菜たっぷりのサンドイッチを食べる、みたいな女子たちがいた。

 

 

「CHANELが、ベルサーチが」みたいな話をしていた世界に居た私は、急に「ペネロープが、ニールズヤードが」みたいな世界にきて知らんブランド名ばかりで面食らった。

 

 

おうちには一般的なお父さんとお母さんがいて犬がいて、実家の農園で作っている葡萄を分けてくれる女子がいたりした。

 

 

小学生の頃に給食費の集金袋を母に渡して「この金がないときにこんなもん持って帰ってきやがって!」と罵られて育った私と彼女たちとは、何もかもが違うように感じられた。

 

 

今でも、そんなに場違いだった私があのとき何故採用されたのかわからない。

 

 

多分、神様みたいな存在が私に真っ当に生きるためのチャンスをくれたんやろう。

 

 

そこそこ吸収の早い私はそこでナチュラル界(?)のことについてぐんぐん学んでいった。

 

 

ちなみにそこがいわゆる「無添加」系のメーカーであったから、そのあたりの知識もここで深まった。

 

 

それまでの私はビ〇レで顔洗ってベ〇ーローション塗ってスキンケア終わり、みたいな生活やったけど、ここで石油由来の洗浄成分がどれぐらい人体にも地球環境にも有害かということを学んで石けん大好き人間になったりした。

 

 

人生には振り返るとよくわかる分岐点があるものやけど、あの会社に入れたことは本当に大きかった。

 

 

自分でも、もしあのときあの会社に入らなければ自分は終わっていたやろうと思う。

 

 

冗談抜きで私は20代の頃は、ほんの一歩踏み出す方向を間違えたら法を犯すとか抜け出せないぐらいの闇の住人になる可能性は大いにあったし、そこからなんとか浮上しかけた30代前半もまだまだきっかけひとつで逆戻りしそうな危うさがあったから。

 

 

人は環境でどうにでも変わる。

 

 

そしてその環境に馴染んでしまうとなかなかそこ以外の世界に目が向かなくなる。

 

 

大きく環境を変えるには自分以外のチカラが必要な場合もあるとは思う。

 

 

でもそのきっかけをきちんとキャッチするのは自分。

 

 

なんらかのひらめきを感じたら乗ってみる。

 

 

どれだけ疲弊していてもそういうときのために一歩だけ踏み出せるチカラは残しておく、または作っておく。

 

 

少しは元気があるなら、まずは今の環境を少しずつでも変えてみる。

 

 

自分の部屋の片づけ、人間関係の見直し。

 

 

自分の口癖や思い癖も少しずつ変えてみる。

 

 

そういうことを日々重ねていけば、生きる世界やステージを今よりも心地のいい場所に移せる。

 

 

今生きてる世界が気に入ってないなら、自分で変えればいいのよ。

 

 

結局いつも同じこと言ってるけど、「気づいて、動く」これだけのこと。

 

 

コツは「難しい」という呪いを自分にかけないこと。

 

 

せめて「簡単ではないかもしれない」に変えていこう。

 

 

「難しい」は「だから出来ない」に直結しやすいけど、「簡単ではないかもしれない」なら「でも何か方法は有るかも」に繋がりやすいから。

 

 

こういうところからね、始めればいいと思うんよ。

 

 

てな話もセッションでしておりますので、よろしければ。

7月の空き日程少なくなってはおりますが。