寝る前にマイケル・ジャクソンの自伝を読んでいるので、相変わらず彼や彼が持つ数字について考えておりますが。
彼は11-6(42)-1の人。
そりゃまぁどうしたって6の人ではあるんですよ。
そしてぱっと見11-6-1の中には、6はあっても4はないけど、6は6(42)なわけで、そりゃまぁ「課題」の中に家族問題はあるわなぁ、とは思います(ごめん、わかる人にしかわからんかも)。
で、6にしても4にしても結局「愛」みたいなキーワードに影響される人生なのはハッキリしてるとして、私が気になったのは6を「完璧主義」と読んだ場合の面について。
映画「マイケル」を観た後に今更「THIS IS IT」も観たんやけど、「完璧主義」のムードは端々にガッツリ出てたよね。
この6の「完璧主義」ってのはさ、「自分だけ」に適用されるわけじゃないからね、そこもまたややこしい。
6は理想主義の数字でもあるから、外側の世界にも自分の理想を反映させるというか、「そうであることが当然」という感覚があるんだよね。
愛の数字ではあるけど、俯瞰は出来てないし「みんなそれぞれ違う」よりは「みんな一緒」の方に気持ちが向きがち。
彼が環境的に大人になれずずっと子どもの心を持っていたなら、それはなかなか困難な世界に生きることになっただろうと思われる。
妥協や忖度がないわけだから。計算や策略も。
恐らく芸能の世界(それもアメリカの)で生きていくなら、サバイバル能力として計算や策略は必要だったはず。
でもそれを「汚い大人のすること」と拒絶してしまったら、そりゃまぁ「食い物」にされるんやろなぁ、と私でも想像がつく。
ある種の人たちから見れば「赤子の手をひねる」ぐらいの感じで、この「サバイバル能力のない才能の塊」を自分たちの利益になるように扱っただろう。
数秘的にいえば「11があるんだからもう少し俯瞰できたのでは?」となるかもしれないが、それがあるポジションは過去数なんだよねぇ。
彼の11は「曲があちらの世界から降ってくる」みたいな部分で活かされていたんだろう(映画の中にそういうシーンがあった)。
私は人を救いたい系の数秘の配列ではない人間だけど、「もったいない」に敏感なので「あ~私が子どもの頃のマイケルの身近にいてあーだこーだ言うてやりたかった!」と思わんではない。
マイケルは「50年だけこの地上に来ることを許された天使」と言われてるらしい。
50年限定だったからあんなに輝けたんだろうか?
私はまだまだ「俯瞰」に程遠いから、やっぱり単純に彼の早世を「もったいない」と思ってしまうけどさ。
★★★
最近はnoteでもいろいろ書き始めたので、よかったらそちらも覗いてみてくださいな。
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