セッションでもよく話すことやけども、不安も心配も恐れも、なんだったら自己否定の気持ちさえも、別に持ってていいのよ。

 

 

 

それが「いけないもの」で「消さないといけない」と強く思うのは多分逆効果なんよ。

 

 

 

だってさ、そう思った自分は確かにいて、そう思うだけの理由があって、そのときはそうするしかなくてそうなってたんでしょう?

 

 

 

なのに全否定するのは、そのときの自分が可哀想やんか。

 

 

 

ってのが私の持論。

 

 

 

私なんてさ、超ネガティブ人間だった過去から、現在は「自分史上最高に幸せ♡」って思う生活になってるんやけども、そんな楽天的な今の自分はネガティブ時代の自分に対して「なんて健気なの! よくがんばったよね~ハグ」って思ってるよw

 

 

 

それはさておき、ネガティブ系の様々な感情を持っていること自体はいいんやけども、問題はそれにフォーカスしすぎること。

 

 

 

自分という存在がその感情で満たされてしまってるような気になること。

 

 

 

「自分=何もできない」みたいなレッテルを自分で貼っちゃうこと。

 

 

 

ず~っと自己否定をし続けること。

 

 

 

そういうのがよろしくないのよ。

 

 

 

様々な感情を絵の具に例えるならば、ネガティブでもポジティブでもたくさんの感情を経験してる方が手持ちの色数が多いってことよ。

 

 

 

わかりやすく言うならば、ネガティブな感情の絵の具が黒色だとすれば、黒を持ってる方がいろんなタッチの絵が描けるよねってこと。

 

 

 

パステル系もあれば原色もある、明るい澄んだ色もくすんだ色も暗い色も持っている。

 

 

 

人は自分の持ってる絵の具の中から自分でチョイスして、「自分のこの人生」という絵を描くのよ。

 

 

 

「黒も持ってる、でも私は優しい色だけ使って絵を描きたい」もOKやし、「原色と黒の縁取りでビビッドな絵を描きたい」もOK。

 

 

 

たくさんの色を持ってるからって全部使う必要はない。

 

 

 

でもたくさん持ってる方が選択肢が広がるよねってこと。

 

 

 

それって人生が豊かってことやん。

 

 

 

私はね、ぶっちゃけて言えば、生まれてから死ぬまで一度も嫌な思いをせずただただ愛と豊かさに恵まれた人生、というものが存在するならそっちでええやんって思ってるんよ。

 

 

 

そっちを選べるならそっちを選びます、と。

 

 

 

何を好き好んで毒親の元で育ち延々とお金のなさに頭を悩ます人生送らなあかんねん、って。

 

 

 

いや、別に学びとかいりませんけどってさw

 

 

 

でもうまいことなってるちゅうかなんちゅうか、これまでただただ幸せな人生ですって人に出会ったことない。

 

 

 

傍から見れば恵まれてるように見える人でも何かしら不足感や悩みを抱えてたりする。

 

 

 

多分、生物は「もっと」と思う気持ちがないと生きていけないのだろうし、人間は大抵誰しも何かしらの不足感を多かれ少なかれ抱えてるもんなんやろね。

 

 

 

で、どのみちしんどい想いをしてきたんやったら、ただただしんどいだけで人生終わるんじゃなく、しんどさからしか得られない色をうまく使って素敵な絵を描いてみましょうよってこと。

 

 

 

大人の人間は結構「放っておいたら生きてしまう」存在なのよ。

 

 

 

私も暗黒時代にはどれだけ「誰か車で轢いてくれへんかな」と思ったものかw

 

 

 

それでもここまで生きてきた。

 

 

 

とりあえず生きるように設定されてるこの命なら、その時間を多少なりとも充実させたいよねって思うんよ。

 

 

 

人によって「充実」の定義は違うから、自分なりのそれに届くやり方を見つけて。

 

 

 

ま、そんなことを考えてセッションに臨んでいるのよ。

 

 

 

こんな感じのことをただただ話すってだけでも、どうぞお声かけくださいな。