題をみるとドキッとするが、いたってまじめな本である。
著者は、マルクス・シドニウス・ファルクスで、ジェリー・トナー解説ということになっている。
しかし実は、著者のマルクス・シドニウス・ファルクスとは古代ローマの貴族で、たくさんの奴隷を使ってきたという設定で、彼が奴隷についていろいろとHOW TOをまとめたという体裁をとっているだけ。真の著者は、解説のジェリー・トナーであり、ケンブリッジ大学の古典学の教授である。つまりファルクスなる古代ローマ人が書いて、それをトナー教授が現代語訳したのではなく、トナー教授がすべてを書いている。
とはいえ、すべてフィクションということではなく、古典学の先生だけあって、古代ローマの様々な文献から奴隷に関する記述を集め、それらをあたかも実在したHOW TO本のようにまとめたものである。トナー教授は、全11章の各章のおわりに、現代人として解説を加えるという形をとっている。
さて、内容は、「奴隷の買い方」からはじまって、その活用法、罰し方、拷問の必要性、解放などが、古代ローマ貴族のにせ著者ファルクスが実体験したこと、知人の経験や伝聞を基に、同時代人に奴隷を使うときは「こうすると、いいよ!」という感じで語っているのである。
日本人には「奴隷」になじみがない。せいぜい19世紀の奴隷貿易やアメリカの奴隷解放運動といった、歴史のお勉強のなかでしか接していない。しかし、あの古代ギリシャでは、ギリシャ人以外はすべて奴隷であり、それは戦争捕虜であったり、征服地の他民族であったりしたわけだ。時代が下って古代ローマでは、ローマ人以外は奴隷ということはなく、自由人と奴隷という対置になっていたそうだ。なるほど。
基本的に現代ではありえない話ではあるのであるが、人との接し方、上司と部下の関係、親子の関係といった、現代の場面でも通用するようなところもあるので不思議だ。
ちょっと考えさせられたのは、キリスト教と奴隷制の関係である。この本の記述内容は紀元1~2世紀頃という設定であるが、この頃キリスト教はまだ迫害されていた。313年の4世紀になってコンスタンチヌス帝がキリスト教の布教を許し、392年に国教化された。でも、キリスト教会は奴隷制を否定していなかったし、この本でも教会もキリスト教徒も奴隷を所有していたとある。確かに、歴史で習った19世の奴隷貿易を行っていたのも、南北アメリカ大陸で奴隷を酷使していたのも基本的にキリスト教徒たちである。この事実を忘れていた。これでキリスト教はけしからんと言うつもりはない。でも宗教なんてどれも、しょせんそんなものであろう。だから私は「困ったときの神頼み」という日本の神道の神様が好みなのである。まあ、それは置いといて。
とにかく、人が人をモノのように「売買」、「所有」するということ自体が許されることではない。
この本の最後に紹介されているのは、現代において奴隷制はすべての国で違法とされているが、フリー・ザ・スレイブズというNGOの推計では、「暴力で脅されて労働強要され、給料ももらえず、逃げる希望さえもない人々」が、現在全世界で約2,700万人もいるという事実である。東京都の人口の2倍である。これは驚くべきことである。
「奴隷のしつけ方」という題から、一見娯楽性の高い本のようにみえてしまっているが、この本は歴史、宗教、人間などについて、考えさせられることが多い本であると感じた。
太田出版、2015年6月発行。1800円。