友人とランチをしていて

自分の母親にして欲しかったことを

してもらえなかったことを

自分の子どもには

してあげたいという話。


私も友人も

自分の母親にしてもらえなかったことを

子どもには

させてあげたいと思って

頑張っているのだけれど、

子どもは

それを当たり前と思って

たいして有り難いとも思っていない。

なんかむなしいねと。


私の母親は

仕事が忙しく、

私どころではない、

子どものことは最低限という人だった。


自分のことは

自分で考えて

自分で何とかしないと

誰も助けてくれないし

困るのは自分だと

小学生の頃には気づいていた。

私だけ、

知らないことがたくさんあって

自分で対処するしかないことが

たくさんあった。


だから、周りの子たちより、

随分しっかりした子どもだったと思う。

忙しい母の邪魔にならないように

いい子でいたし

手助けしようと思っていた。


大学生になった時

周りの子たちが

幼い頃から、

親から、

たくさんのことをしてもらっていて

与えられてきていることを知った。

愛情に溢れている感じがして

羨ましかった。


だから、

自分の子どもには、

して欲しかったこと

してもらえなかったことを

絶対してあげようと。

そう思って

過ごしているのだけれど、

うまくいかないこともある。


自分は、

与えられなくて

満たされなかったつらい思いを胸に

子どもには必死に

与えようとしている。


でも、



ふと、



気づいてしまった。


それは、

私が与えてほしくて

満たしてほしくて

子どもに、

自分を重ねて

与えているだけなのでは、と。


子どもは与えてほしいと、

思っていないのかもしれない。


いつまでも、

幼少期の私の心は、

満たされないままで、

寂しさと虚しさが

残っている。