魅惑のフランシスコ・アライサ”。 | ルチアーナの音楽時評・アラカルト。

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その経験から得た感動や自らの価値観に基づき
広く芸術、エンターテイメント等に独自の論評を
加えて参ります。現在小説 愛のセレナーデと、
クロス小説 ミューズの声を随時掲載中です。
こちらもご覧頂ければ幸いです。

実に清々しい歌唱、淀みなく輝き 美しく響くその歌声の持ち主。フランシスコ・アライサの奏でる【歌】の世界観は万人の心に安堵をもたらす雄大な歌唱芸術の極致である。かつての初来日時、彼はマエストロ クラウディオ・アッバードの指揮の下「セビリアの理髪師」のアルマヴィーヴァ伯爵を演じた。(ミラノ・スカラ座来日公演のキャストとして)その時 テノール界の若きエースたる彼の聴かせたロッシーニの何んと見事であった事か!。忘れる事が出来ない その衝撃的歌唱力・テクニックには誰しもが舌を巻いた事だろう。時は三大テノール全盛期、その後進に位置するアライサはまさに 絶大な可能性を持った存在であった。その後 彼は持ち前のリリカルで開放的なその輝く美声を武器にイタリアオペラは ゆうに及ばずドイツオペラ・リート、 フランスオペラetc全てのジャンルを自らのレパートリーに取り込み活躍の場を広げて行く。そして徐々に その歌唱傾向は より重厚な役どころへとシフトして行くのである。元々 彼の基本的声質はリリコ・レッジェーロであるが下示の映像には初来日からの年月を経て リサイタルの為再来日した際聴かせた数多のドラマティック・スピントを代表するレパートリーが含まれている。各々の歌唱は言うまでもなく 文句の付け様のない程 完成度の高い実に優れたものだが 実はこれ!。彼の歌い手としての寿命を長く保って行く為の あり方としては必ずしもベストな選択とは言えないもの…っと言うのが彼のファン始め 心有る周辺の人々の一致した見解であったやに 聞き及ぶ。高域から低域まで決して波状する事無く極めてナチュラルに発せられる歌声、滑らかで鮮明、音楽の装いに無理なく むら無く寄り添う その歌唱は より開放的で固苦しさを微塵も感じさせない。しかし 彼は強靭な声と直情的な表現を求めるグラント・オペラの 役どころへ自らの立ち位置を移して行った。それは我々が客観的に見ても明らかに彼の声質にはそぐわないと思えるものも しばしば含まれる。こうしたレパートリーの選択と拡大に付いて彼程の才能と天性の美声を持った芸術家が判断した道筋に周囲がとやかく語るのは甚だ僭越であるとも言えるのだが しかし 私なども 取り分けアライサに特別な思い入れがある訳ではなかったにせよ やはり 一抹の懸念を抱いた事には相違がない。近年彼は欧州を中心にひたすら後進の指導、即ち教育活動に邁進する事が常となっている。自らがオペラ歌手として成し遂げた 大きな栄光も 恐らく 整理しその経験値を素地として新たな才能をオペラ界に送り出す事に今は情熱の大半を傾注しているのであろう。実のところ それはやはり 必ずしもベストとは言えないレパートリーを取り込んだが為、かつての声を失ったから…っと言う事も含まれるのかも知れない。そして自らの歌で体現する事にはピリオドを打った証とも言える事なのでもあろう。下示の映像から見て取れる事は何か?それは明瞭!。フランシスコ・アライサが如何に素晴らしいテノールかと言う事と同時に彼が歌うパリアッチより やはりタミーノを聴いていたい…っときっと誰しもが思うであろうと言う事である。
(ルチアーナ筆。)