魔王” 不世出の歌声。 | ルチアーナの音楽時評・アラカルト。

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今は亡き不世出の名歌手、20世紀最高のバリトン、ドイツリートの権威その他 賛辞の言葉を幾重に重ねてもまだ足りぬ程 このドイツの生んだ大歌手ディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウの歌う歌曲、取り分けシューベルトの諸作品の歌唱は その活動の最晩年に至るまで 全く他者を寄せ付けぬ 孤高の芸術性と荘厳とも言うべき深い美感に満ちていた。これは若き日のディスカウが歌った「魔王」であるが今更ながら その完璧な歌唱に驚きの余り暫し 絶句してしまった。私も歌い手の端くれとして半世紀近くに及び歌い続けて来たが、この様な域には達するどころか 手に掛ける事すら出来なかった。当たり前と言えば当たり前の話ではある。私の様な凡人が天才と競った所で 最初から勝負にはならないと言う類いの話である。およそ600曲にもなろうかと言うシューベルトのリートをディスカウはその生涯に ほぼ全てレパートリーにしていたのだから 驚愕するばかりだ。その他、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ウォルフ、R・シュトラウスは言うに及ばずドイツオペラの数々、ワーグナーやイタリアオペラのレパートリー、ヴェルディのリゴレットでさえ、ディスカウは難なく歌い 演じる事が出来た。恐らくこんな完璧な歌い手、芸術家はもう二度と再び 現れる事はなかろう。この「魔王」はいつ頃の収録なのだろう? 彼が本格的活動を始めた 恐らく初期の頃 すなわち1950年代後期から60年代に差し掛かった頃だろうと推測出来る。とにかく素晴らしい!。ドイツリート歌唱のまさに 教科書の様である。
(ルチアーナ筆。)