補選に見る”。 | ルチアーナの音楽時評・アラカルト。

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40年以上に及ぶ音楽家としての筆者の活動と
その経験から得た感動や自らの価値観に基づき
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4/24注目の二つの衆院議員補選が投開票された。京都3区では自民・共産両党が候補者樹立を断念。言わば民進党の信任選挙の様な状況となり、当然民進党候補の圧勝で幕を閉じた。おおさか維新”などは自民党が不倫スキャンダルなどで立候補見送りの判断をした事に乗じて保守票をかすめ取り、あわよくば議席の確保を…っと思ったのだろうが、とんだ思惑外れであった。そもそも京都でおおさか維新”が議席を得ようなどと考える事自体がおこがましい!。この様な品位にかける【不良政党】など本来不要であると私は思ってはいる…が、そこは民主主義!。おおさか維新”には堂々と言論によってその欺瞞に満ちた体質をあばき国政から一刻も早くご退場願おうと他方思ってもいる所だ。さて北海道5区の方である。こちらは返すがえすも残念でならない!。当初自民圧勝と伝えられたこの補選において野党4党が共闘、多くの市民がそれに賛同し手を取り合って臨んだこの結果が自民党をすんでの所まで追い詰めたのであるが、やはり負けは負けである。一部には【野党共闘の限界】だのと何んとかしてネガティヴな方向へこの動きを差し止め様と画策する自民党の手先と化した似非ジャーナリズム「今更どことは言わぬが…!」もある様だが、反面この負けはある意味しっかりとこの後につながった結果と捉えられなくもない。当選した自民党の候補と野党共闘候補との当確が出るまでのデッドヒートはご承知の通りし烈であったし、いち時は自民党も生きた心地はしなかったであろう。今後参院選への布石として今回の選挙結果が何を最終的にもたらすのか不確定な要素はより大きく広がったと言えそうだ。それでも一つ現段階で唯一見えた事がある。それは投票率の問題だ。野党共闘によってもたらされた無党派層の投票行動は今回、明らかに【非自民】に傾斜している。この傾向は今後もしばらく続くものと予想される。アベノミクスの政策的破綻は目に見えて顕著となり経済波及効果は一向に結実しない。儲けているのは大企業ばかりであり末端の労働者の可処分所得は減る一方、社会保障・子育て・医療・介護・年金etc何一つ改善の方向には進んでいない。経済中心から社会保障中心へと庶民の切実な要求が大きく転換している中、安倍内閣はその処方箋を描く術を全く持っていない!。それを国民もそろそろ気付き始めているのだ。「ちょっと気付くのが遅いとは思うが…。」これがまさに参院選において大きく潮目の変貌を想起させるターニングポイントと言えよう。野党共闘は寧ろ前進するものと思われる。北海道5区の補選結果は誠に無念ではあったが来る参院選の一人区で上記の様な有権者の思考傾向が続く限り、投票率が上昇すればする程自民党は苦境には立たされる事、請け合いである。補選ももしあと数パーセント投票率が上昇していれば結果は全く真逆のものとなっていただろう。いずれにしても自民・公明両党に完全に【名を成さしめる】事にならなかった事だけが補選での収穫であり、その真の成果は今夏の参院選で大いに実るものと改めて私は確信するものだ。【安倍暴走政治】に一刻も早くピリオドを打つ為、今後とも我々は真摯に政治と向き合い、その真実を見極める努力を惜しまぬ事、そこがまさに求められるものであると改めて認識すべき事柄なのだ。
(ルチアーナ筆。)
★投票率を上げる事、これは
急務!。政治を変え、新しい
未来を作り上げる為、
【野党共闘】と【市民運動】との
連帯を推し進める事、これこそ
重要!。
政治を身近に!。そして
考えよう明日の日本の
あり方を!。