(ルチアーナ筆。)
東京音楽大学名誉教授でソプラノ歌手の【中澤桂】先生が亡くなられた。享年82歳であられた。戦後の日本のオペラ芸術発展の礎となり支えた数多の偉大な先人の中のお一人が又ここで亡くなられた事は我々に取って深い悲しみであると同時に焼け野が原となった国土を垣間見つつ一時代を新たに構築するに当たり傾注されたそのご努力には深い敬意を持って我々は首を垂れる思いを誰しもが一にするものと考えてやまない。実のところ私は【中澤桂】先生に直接指導を受けた事はないが若き日、全盛期のその素晴らしいドラマティックボイスの虜になった事は決して忘れえぬ思い出となっている。その昔、暮れの【第九】ではN響の公演は必ずと言って良いほどソリストは【中澤】先生がソプラノを担っていた。そう!ソプラノ・中澤桂、メゾソプラノ・戸田敏子、テノール・五十嵐喜芳、バス・大橋国一。当時の日本オペラ界のトップに君臨する方々で安定したその歌声は揺るぎないものであった。そして特に【中澤桂】先生のその強靭な声の力量は一聴、日本人離れした誠に見事な完成度を示されていた。微動だにしない安定した音程、張り詰める様な鋭い響きと同時に併せ持つ柔軟性、明瞭な発音。そして何より矍鑠としたそのステージでの佇まい。どの部分を取り出してもオペラ歌手として抜群の資質を持っておられた。果たしてこれ程見事なプリマ・ドンナが今我が国オペラ界に居られるだろうか?。本公演で何よりも今だに語り草となっているのは團伊玖磨氏の歌劇「夕鶴」における つう”役である。伊藤京子先生と同役の双璧を成す見事なタイトルロールは作曲者の團伊玖磨氏の指揮により全盛期には度々上演され、その都度大きな反響をもたらしたものだった。時代を超越して芸術の持つ価値・真価は不滅のエネルギーを帯び変容しつつも伝統の中で育まれるもの。そうした正当的で何よりも本物とは何かを体現して見せた数多の先駆者達が近年この世をあとにする事が頻繁となった。時の流れに逆らう事は出来ない!。だからこそ我々芸術に携わる者はそうした現状をしっかりと踏まえて日々その教えを遵守してさらなる発展の為尽力しなくてはならない。【偉大なプリマドンナ.中澤桂】先生の逝去はその事を再度私に認識させてくれる事ともなった。深く感謝の気持ちを捧げたい。