君は我が心のすべて” | ルチアーナの音楽時評・アラカルト。

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広く芸術、エンターテイメント等に独自の論評を
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20世紀前半ウィーンを席巻した優雅で暖かく大衆の心を癒しへと誘った数多のオペレッタ。その先陣たるヨハン・シュトラウス。「こうもり」や「ジプシー男爵」といった名作は今日に至るもその人気は衰えを知らずウィーンはもとより世界各地のオペラハウスで頻繁に上演されている事は周知の通りである。1929年ベルリンで初演されたF・レハールのオペレッタ「ほほえみの国」も、そうした時流の中で作曲された一連の作品の一つであり「メリー・ウィドー」と並ぶF・レハールの代表的作品である。ウィーンと東洋の国、中国北京を二つ舞台として描かれる甘き恋の物語。そして私が最も愛して止まないアリア【君は我が心のすべて】こそ恐らくテノール歌手(勿論、私も含む)が最も憧れ一度は歌ってみたいと願う曲に相違あるまい。第二幕、スー・チョン公子がリヒテンフェルス伯爵の令嬢リーザに対して「成り行きや形式にとらわれた人々の思惑に決して屈する事はない。何故なら私の愛は永遠に変わらず君に捧げ続けられるのだから…!」と甘美でありながら一途な情熱を吐露して歌うこの名アリアはその旋律美において比類なき傑作である。ドイツ語の持つ詩的叙情性は言うに及ばず東洋的異国感をウィーン伝統の柔らかなアーティクレーションに同化させほとばしる愛の想いを限りなく実直に歌い上げる。テノール歌手がまさに歌い手冥利に尽きると感じずにはいられぬ名曲中の名曲である。この曲は本編そのものの上演回数に比して単独で演奏される事の方が多いがそれは要するに古今こうした傾向の強い曲に共通するメロディーの美しさと何んと言っても親しみやすい楽想に人心が引き込まれるからに他ならない。かつて三大テノールの競演ファーストコンサートで全盛期のプラシド・ドミンゴがこれを歌ったがローマの野外コロシアムに鳴り響く彼の歌声は完全にこの曲の魅力を開示し、歌唱芸術の完璧なまでの姿を我々の前に披歴した世界最高峰の歌唱として今持って記録されている。ワルツ「金と銀」を始めポピュラーな名曲を数多世に送り出した元は軍楽隊のトップを務めていたF・レハールの美しいメロディーを生み出す才はこの名歌一曲で聴く者は納得させられる。どうかこの甘く暖かく情熱に満ちたテノールが最もテノールらしさを発揮するこの名アリアを皆さんも是非お聴き頂く様切望して止まない。残念ながら引退した私がオーディエンスを前にしてこれを歌う事は最早皆無…。【自宅レッスンルームでは一人で歌ってはいるが…(笑)。】どうぞ世界的なテノールのリサイタルか後はYouTubeなどで拾って聴いて頂く事が望ましい…っと言う事である。
(ルチアーナ筆。)