昭和29年(1954年)秋、
その後世界の映画界に多大な
影響を及ぼす当時世界最高水準の
特殊技術撮影を駆使した
驚異のモンスター映画
「ゴジラ」がこの日本の
映画技術者達によって製作され
封切られる。
円谷英二・本多猪四郎の
両巨塔のチームである。
終戦から僅か九年、東宝のドル箱
第一作の誕生がこれだった。
私はこの年の7月生まれ
即ちゴジラと同じ歳と言う事に
なる。干支は馬…。
今年、還暦を迎える。
ゴジラも還暦…っと言う事だ。
しかしまぁ~実際
こんなとんでもない生き物が
現存していたら全世界、
天地をひっくり返えした様な
騒ぎとなるし私も又、同じ歳とは
とても言えない。原始怪獣ゴジラ。
どう考えても6500万年前に
絶滅した恐竜を祖とする生き物
であるに違いないのだから…。
だがしかし、この空想の
大怪獣ゴジラ、映画の中で
暴れまくるその姿は我々音楽家に
とっても決して無視の
出来ない意義ある存在である事を
改めて述べておこうと思う。
時代ごとの変節を経てこの希代の
モンスター映画は60年にも及ぶ
歴史を背負って今尚、絶えず話題を
集めているし、今年はハリウッド版の
新作がこの7月に我が国でも
ロードショー公開予定と
なっている。
今まさにインターナショナルな
地位を築いたムービースター、
怪獣ゴジラ。
昭和30年代から40年代東宝は
ほぼ子供達の長期休暇の頃、
即ち春、夏、そして正月を狙って
怪獣映画をぶつけて来たものだ。
最盛期は年に3作品を
3.4ヶ月おきに製作封切った。
そして各々の作品のほぼ九割方の
劇中音楽を担ったのが、
先年お亡くなりになられた戦後
我が国の映画音楽の祖と言われる
作曲家、伊福部昭氏なのである。
東京雑司が谷にある東京音楽大学の
学長の職も多年に渡り勤められ
日本の音楽教育の支柱として
大きな足跡を残された伊福部氏の
功績は誠に大きなものがあるが、
作曲家、伊福部昭としても
その晩年に至るまで
旺盛な創作活動を繰り広げられ
それはもう一つの欠く事の
出来ない偉大な功績として
語り継がれるものとなっている。
取り分け、最も得意とされた
映画音楽の分野では多面的な
要素を駆使され数々の印象的な
作品を生み出して居られる。
それは、取りも直さず
クラシック音楽の持つ
理論的考察力に基づく優れた
構成を基盤として創作されていて
どれも映画音楽史に刻まれるで
あろう誉れ高き作品群と
なっている。その中に東宝映画
「ゴジラ」シリーズの音楽も
含まれるのだ。伊福部氏は元々
ご自身、正規の音楽教育を
受けては居られない。驚異的な
独学力と天才的能力が合間って
自らの天職である作曲の道に
邁進されたのだ。…であるが故、
伊福部氏の音楽には非常に
優れた意味での単純明快な旋律の
流れ、即ち規制的な概念に
決してとらわれない独自の発想と
重厚でいて自由度にも長けた
ハーモニーと壮大な
オーケストレーションの展開が
実に整然と提示され、聴く者の
脳裏に唯の一度で忘れ得ぬ鮮烈な
印象を焼き付けて一瞬にして
虜にしまう魔力の様なまさに
魅力が内在しているのだ。
怪獣ゴジラのあの有名なテーマ!
恐ろしさを象徴しつつ、これぞ
【ゴジラの登場そのもの】を
完全に同化させる音楽によって
成される最高の演出。伊福部音楽の
【真骨頂の極みここに有り】の
集大成ではあるまいか!。
そして、この荒唐無稽な怪獣の
作り話を俄かにリアリティー
豊かなものに瞬時に変えてしまう
芸術的とも言うべき、その底力は
他の誰にも真似の出来ない
伊福部音楽の真髄を万人に
知らしめる孤高の体現でもある。
ゴジラは戦後、新たに高まった
東西冷戦の渦中、
アメリカ、ソビエト加えて中国
をも含む大国の度重なる水爆実験の
結果により、もたらされる
有史以前の大怪獣の復活と
人類の恐怖の体験を描いた物語
である。現実の世界情勢にも
根底で通づるこの物語に
底知れぬ恐怖と言う壮大な
テーマを一聴にして心に
焼き付けて離さない伊福部音楽の
素晴らしさはまさに絶大だ。
数多のオーケストラ曲を含む
純粋なクラシック作品も含めて
ゴジラ生誕60年を期に
伊福部昭氏の諸々の作品に
改めて耳をかたむけて頂くのも
一興だ。ゴジラ映画の娯楽性と
同時に内在する社会性をも鑑み
絶妙に構成された伊福部昭氏の
音楽にどうぞ改めて注目の眼を
向けて頂きたい。そう切望して
止まない。
(ルチアーナ筆。)
★私のリサイタルに関する情報は
H26.4/7付けのブログ記事を
ご参照下さいませ。