先述の通り昨日、
マエストロ、C・アッバードが
亡くなった。80歳であった。
ここ十数年胃癌の発病と数々の
合併症を抱えながら
持ち前の気力と絶え間ない
節制によりそれを乗り越え、
病魔との戦いと共にその病状を
微塵も感じさせない精力的な
演奏活動を展開し、晩年に
至るまで人々の心に大きな
感動を与え続けたその功績は
まさに偉大な芸術家の範たる
姿そのものであった。来日公演も
頻繁に行い、我々に壮大な
オーケストラ音楽の絶大なる魅力を
指し示してくれた事は
クラシックの世界の片隅にあって
私も含め生きる者全てに取って
誠に貴重な体験となったものだ。
ミラノ・スカラ座の初の
大々的来日引っ越し公演の時、
彼は「シモン・ボッカネグラ」と
「セビリアの理髪師」の二作品を
振った。そして極めつけが
特別公演でのヴェルディの
「レクイエム」。
情熱と荘厳さを兼ね備えた
渾身の指揮ぶりを大きな感動と
共に私はそれを目の前で
見、聴き、体験している。
思い起こせば蘇るあの一連の公演。
この時アッバードと共に来日
したのは先年他界した
これも又、不世出の名指揮者
カルロス・クライバー。
彼は「オテロ」と「ボエーム」を
振った。私はこれらの全てを
眼前の記憶として生涯忘れる事は
ない。そして今日この瞬間
最早このかけがえの無い才能に
満ち満ちた二人のマエストロを
失った事を受け入れざるを
得ないのだ。
ウィーン・フィルとの来日時に
聴かせたベートーヴェンの
第三シンホニー。
ベルリン・フィルとの来日で
聴かせたブラームスの
第二シンホニー&マーラーの第二
シンホニー【復活】。
アッバードの指揮によるコンサート
はいずれも他の追随を許さぬ
圧倒的名演であった。
人は命の灯火を永遠に絶やさぬ事は
決して出来ない。
しかし芸術は永遠の生命を持つ。
そして我々はそれを最高の
形で体現し得た先人の姿を
記録と記憶の中に留める事が
出来る。
クラウディオ・アッバードの
その清しい思い出も永久に
我々の遺産として留められるに
違いない。深い悲しみの中、
私はその確信に満ちた想いを
今日又、新たにしているのである。
(ルチアーナ筆。)