震災3年 | きなこなかのきのこよ

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震災3年


黙祷しましょうという話があったけど、ちょうど仕事がばたついてて、気が付いたら過ぎていた。。。

三年前は、ちょうど金曜日の仕事のピーク前で2時45分に来るデータの受信状況を確認ということで、時計とにらめっこしていた。

だから発生時刻をすごく覚えている。


急なめまいがしたと思ったら地震。

揺れが収まらないから外に避難しろ。て、言われてみんなで外に出たけど、歩くのすら大変だった。


ワンセグでテレビを点けたら、どえらいことになっているし。

東北の方が震源て、確かあっちは地震が起きて津波が来たら大変。て、昔、教科書か何かで読んだのを思い出して「津波やばいんじゃない?」て言ってたけどスルーされ。。。

最初の予報だと、60センチとか高くて1メートルとかだったせいもあったけど


後でネットで見たら唖然とした。


仙台の方のお客さんとは連絡が取れなくなった。

住所を調べたら、津波ど真ん中の位置だったていう。

仙台の方の系列会社は一階部分が水没して、避難中だという情報は入ってくるし。


帰宅困難とか以前に、帰宅は早々に諦めた。

会社の方が、電気、水、通っているし、寝る場所もあるのから安全なので。



震災後はしばらくちょっとした地震にも敏感だったし、出掛けるのも少し怖かった。

いま、ここで地震が起きたら、とか、津波が来たらとか、考えてしまうし。

高台にある家が一番安全だけど、引きこもっている訳にもいかない。というか、出掛けてたけど。

今まで全く見なかった食べ物の産地も気にするようになったし、、「国産」が安全と言い切れなくなった。


震災前から、冬場は体調崩して、欝っぽくなることが多かったけど、漠然と「死にたい」て思うことがなくなって、「生きる」という気持ちになったのが一番大きかったかな。。



三年経って、意識が薄れたなんて話を聞くけど、この時のことを教訓にして毎年防災訓練を行ったり、日ごろから、防災について考え、安全に対する意識や設備投資はされてきているので、言うほど風化はされていないと思う。

少なくとも、避難訓練を「やるだけ無駄」って適当に行ったりすることは少なくなったし、何より、津波警報が出た場合。という項目が出来たのは進歩。


逆に、普段はどんちゃん騒ぎ、この日だけ、東北に行って「今日はここから中継してます」というようなニュースをするようなテレビが問題。


風化させてはいけないと、いうならば、まず復興予算が遣われるべきところに事が必要かとも思うけど。



まだ、三年、もう三年。

短いようで長いけど、子供の成長ならあっという間。

原発も含め、来年のまでには色々と落ち着いて欲しいもの。少なくとも今より。