詳しくはこちら「実存は本質に先立つらしい。」
自分のブログを読む行為は、少しばかりの嬉しさと若干の恥ずかしさが生じる。
嬉しさの理由は、頭の中で考えていたことを文字として形に変え、ネットをつたわって世界と繋がる錯覚が得られるからだ。
自分の考えを具現化する感覚はなかなかに嬉しいことである。これは達成感なのか、これこそ表現欲というものなのか。
ブログ掲載は、世界と原理的に繋がることである。しかしこれは、私の場合あくまでも「錯覚」である。誰かからの応答がないかぎり、それは私の「錯覚」なのである。
幸いなことにブログ閲覧数は数字として確認することはできる。
しっかり読んでもらえた場合と、ページを1秒だけ表示された場合と。
どちらも同じ閲覧数1だが、その「1」がどちらかなんてことまでは私には確認できない。仕方がないんだ、ブログはそういう仕様だから。
良いブログを更新し続けることで、ようやっと前者の「1」を得られるんだろう。きっとそうだ!
そう信じ込み、自身を奮い立たせることでしかこの道は開けない。僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる。
DREAMS COME TRUEの『いつもいつでも』という曲にこんな一節がある。
「あなたがどこにいても いつでも 強く 強く 強く テレパシー飛ばすから」
別の曲『何度でも』ではこんなことも歌っていた。
「1万回ダメでへとへとになっても1万1回目は何か変わるかもしれない」
ブログ更新を久しぶりに再開した私の今の原動力はきっとこんな「思い込み」なんだと思う。
1万回ブログ更新となると私には到底たどり着けそうにないが、「千里の道も一歩から」なんて言葉もあることだし、
むかしむかしあるところにいた子供は「母を訪ねて3千里」も歩いたとか歩かなかったとか、そんな話だって聞いたこともある。
家でゴロゴロと1日を過ごすよりは、家でゆったり座ってブログ更新して1日を過ごした方がより有意義な1日になると思う。
「家を飛び出して活動的な1日を過ごした方が一番ええやん!」という正論が今にも聞こえてきそうだ。
正論には、自己防衛のために私は逃げるしかない。
孫子曰く、三十六計、逃げるが勝ち。
すなわち今日のブログはここで終わりということだ。
くっそー、覚えてろよ~!!
そういえばDREAMS COME TRUEはこんなことも歌っていた。
「何も言わずに付き合ってくれてさんきゅ」