コロナウイルスの影響から、実体経済まで影響が出るようなので、「不況になった時の留学準備」に関して、ブログを書こうと思っていましたが、小さい頃、テレビをみて笑わせてもらい、そのネタを学校で真似して先生に怒られ体罰を受けた原因となった志村けんが死去されたということで、それに関連づけて今回は書いてみようと思いました。
僕は、実は、年齢的にギリギリ、「カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ」が始まる前の国民的番組「8時だよ、全員集合」をみていました。小学校の時の日記で、普通のクラスメイトは、鬼ごっこした話やサッカーした話とかを書いてまして、もちろん、僕もそのような日記を書いていたときもありましたが、そもそも、週5日サッカーしたら、週5日サッカーネタの日記を書くことになります。
僕は、飽きっぽい性格もあり、いつもひねりをつけないと気が済まないタイプで、ある時、「8時だよ、全員集合」をみて、日記のタイトルに「8じだよ、ぜんいんしゅうごうをみて」と書き、内容は、「8じだよ、ぜんいんしゅうごうは、おとなのひとたちが、いっしゅうかんはたらいたつかれをなくしてくれるテレビだとおもいます」と書いて、なぜ、土曜日にお笑い番組を大人が見ることで休めるのかというのを小学校1年生の時に書いて月曜日に宿題の日記を提出しました(←笑 変な子だったのは認めます)
その日記の中で、いかりや長介、加藤茶、志村けんの役割を分析して、日記を書いたのですが、先生の評価は良くなかったです。今の公立小学校だと考えられないと思いますが、当時の担任は、日記を提出すると、花丸、丸、三角、バツと、児童の日記を評価するのでした。結構、我ながら、ドリフターズの役割分析をしていたと思うのですが、三角でした(バツは、1ページ書いてない人がもらってました)。一方、花丸をもらうのは、サッカー少年で「サッカーやって今日もゴール決めた」とか、「お習字の先生に褒められた」など、月何度も同じネタを提出している人ばかりでした←定型化したネタばっか
子供ながら、なんとなく僕は納得が行かなくて、学年が上がる度に日記を提出して、評価されることが嫌いになりまして、そもそも、それぞれがどんな感想を持ったかとか、どんな遊びをしたとか、どんな観察をしたとか、そんなの個人の自由なのに、なんで点数がつくんだと思い、そのせいで、高校まで国語の現代文が苦手のままでした。
高校になると、現代文の問題で、小説の一部を切り取って、「この時、作者はどう思ったか、答えよ」とかいう設問があると、「んなもん、作者に聞いてないからわからないだろ」と思いますし、そこで、自分の意見や感想を書くと、模擬試験で点数が悪い。より国語が嫌いになりまして、そんな感じで宿題で出された読書感想文も適当にパラパラ読みして、とりあえず、原稿用紙だけ埋めて、提出するということをしてました。
転機となったのは、留学後です。カリフォルニア州の大学では、一年目にCritical Thinking and Analysisという授業があって、ここで物事を分析して、論文化するためのロジックの組み立て方法などを習います。当初は、「日本語の国語のが苦手な僕が、母国語でない英語でそんな点数取れないだろう」と思ってましたが、とりあえず、先生が教えてくれた英語の論文の構成に従い、論文(=エッセイ)で分析する事柄について、分析と自分の意見を書いてみました。そしたら、Aをとりまして、後から教授からいただいたコメントに、「構成は授業で習ったことに従っていて、何より、日本人らしくない視点で、自分の意見を書いているのが面白い」と言われました。
えっ!僕の意見や感想に点数つけてくれるの初めてじゃない?と思いましたが、なぜか、論文系の授業や宿題はAばっかです。
ちなみに、大学1年生の時の英語クラスの宿題で書いた論文のトピックがこんな感じです:
1.It is useful to have a cellular phone in a daily life「携帯電話を持つことは日常生活において有用である」
2,Should all countries in the world attach North Korea「世界の国々は北朝鮮を攻撃するべき」←笑 これはクラスで笑いが出ました
3.Anti-Japanese Korean and Pro-Japanese Taiwanese「反日韓国人と親日台湾人」
4.It is not beneficial for international student to take Dr.XX's English class「留学生は、XX教授の授業を取るべきではない」
5.Physical punishment experience in Japanese elementary school「日本の小学校で受けた体罰について」
などなど(結構ユニークな内容ですね笑 ちなみに、2年生以降に書いた論文はここでは書けない過激な内容もありました笑 もちろんA取りましたが)
それで、全ての論文でA-以上の成績になりました。自分の意見書いて、点数もらえるというのは、なんとありがたいことだろうと思いました。暗記型の日本の教育が苦手だったので、米国型の論文形式の授業は、歴史でも政治でも全部Aでした。ちなみに、僕は経済学部出身なのですが、経済学の授業は、B+以上はとったことはありません。これは、UCLAの経済学部の授業の多くが、数学と暗記型の日本のセンター試験みたいな授業になっておりまして、自分の意見を書くのが少なかったです。なので、経済学部なのに、経済学の授業以外で、GPA(評定平均値)をあげてました。
別の授業でも、アメリカ人が、「ビートルズメンバーの役割」とか、「コメディアンの役割分析」とかで論文を書いている人もいました。そして、しっかりとAとかA+をもらっていました。
えっ、それって、僕が小学校の時に日記で、「8時だよ、全員集合」で志村けんの分析したことと同じじゃないの?と思いました。ただし、日本では、それは評価されない。おそらく、小学校だけでなく、中学や高校、大学でも、「ドリフのメンバーの役割分析」で点数くれる授業はあるのかな。
それを考えると、しっかりと分析をして、自分の意見を書いていれば、点数がもらえるアメリカの大学の評価基準は良いと今でも思います。普段から、物事に対して、自分の意見を持っている人たちは、一度は留学などでそういう経験をして欲しいかなと思います。
というのを、志村けん死去のニュースを見て、昔の経験が頭に思い浮かんだので書いてみました。次回は、「不況期の留学」について書きたいと思います。
Tribute to 志村けん