エホバの証人について語る上で、この輸血拒否の問題は避けて通れないでしょう。現役JWの皆さんは、正直なところどのように考えているのでしょうか? 
1、エホバ神のご意志なのだから、喜んで従う
2、よくわからないけど、組織の指示だから、従う
3、今のところ自分には関係ないから、考えないようにしている
恐らくほとんどの人は2か3番でしょう。
「失礼だな!もちろん私は1番。聖書読めば、血を避けることはクリスチャンなら当然でしょ」
あら珍しいマジ系の方ですね。
じゃあ、将来、統治体が輸血に関しては「それぞれの良心に従って判断してください」とアナウンスしても、あなたは引き続き輸血を拒否するのですね?
「う、うん。」
それは素晴らしい! (この嘘つきが…)
実際、今現在、血から取られた分画(主要じゃない成分)による治療が統治体の指示により各自の良心による判断ということになっているので、ほとんど全てのエホバの証人が受け入れていますし、受け入れを表明していますよね? しかも、私達がお断りしている、「献血」から作った薬なのに。「働かざる者食うべからず」の原則からすると、その治療法はJWには使う資格がないんじゃないですかね。

結局、私達エホバの証人にとっては、何よりも、統治体の「ご意志」が優先されるということなのです。

しかし、いくらエホバの証人でも、輸血するか、死ぬかの究極の選択の際には、輸血を選択する人も少なからずいるようです。 基本的には輸血を受けたら審理委員会にかけられます。積極的に輸血を受けたと判断されれば「断絶」扱いとなりますが、そんな兄弟、姉妹をご存知ですか? 私は一人も知りません。ということは、たとえ輸血したとしても、戒めだけで、会衆に留まることが出来、会衆にも公に知らされないということなんでしょう。
比較的最近の巡回訪問中の長老と援助奉仕者(奉仕の僕)の集まりでも、血の用い方於いて問題を抱える人をどのように助けるかが議題にのぼったことがありました。そのことは、実際に輸血か死かの選択の際に、輸血を選ぶ兄弟、姉妹がある程度いることの証拠でしょう。

将来、「輸血は聖書的にみて、神を悲しませる可能性は大いにあると考えられますが、これは個人と神との関係なので、良心に従って判断してください(輸血しても排斥、断絶にはしません)」と、方向転換する可能性は十分あるでしょう。
そうしたら、その日からエホバの証人の99.8%の兄弟姉妹は手術に絶対必要ならば輸血を受け入れるでしょう。 
彼らのこだわっている風の信仰なんて、そんなものなんです。しょせんカルト教団のペットみたいなものなんです。

でも、もし、実質的に輸血可となると、若者も含め、これまで輸血を拒否して死んでいった人々やその家族はどうなってしまうのでしょうか?

たとえ裁判したとしても、組織は「あくまで本人の宗教的な良心の判断によるもので、エホバの証人(ものみの搭協会)には全く責任はありません」と予想通りの答えを言うでしょうなあ。

よっ!さすが、真の組織!
その無責任な態度が組織の延命には欠かせないね! いいね!