確かに聖書には「復活」の希望について述べています。それを否定するつもりは毛頭ありません。
でも、あなたは死んだら「この地に人間として再創造という方法で、復活したいですか」

「はい、もちろんです!」

バカだねえ。それだけ人間として生きていくのにさんざん苦労してきたのに、まだ復活してもう一度人間やりたいんですか? 

「だって、楽園に住みながら完全になれるんでしょ? 嫌なこと全てなくなるんでしょ?」

本気で思ってる?
もしかして完全な人間って、イエスのようになれるとでも?
んな訳ないだろ!イエスは神の子だよ。普通の人間じゃないんだよ。
私たちが完全になるっていっても、所詮アダムとエバ程度なんだよ。体と脳が完全という設定でも、人間である限り苦労するに決まっているだろ。

「サタンさえいなければ、大丈夫でしょ?」

確かにサタンがいないのは大きいかもね。新たに邪悪な天使が出て来ても、宇宙論争が決着ついているからすぐに滅ぼせるしね。
でも完全な人間でも「不滅性」を持っている訳じゃないんだよね。ということは何かトラブルあれば、「楽園」で愛する家族を失う可能性も、少ないかもしれないけど、有り得るということだよね。いや、永遠の時間の中でなら全然有り得るリスクか…
(コリントの聖句には「死んでいく者は不滅性を身につけなければならない」とはっきり書かれているんだけどね。地上希望メンバーは無視ってか笑 )


じゃあ、あり得ない話しだけど、あなたが死んで復活するか、しないか選べるとしたら「復活する」ボタンを押すんですね?

よーく考えて下さい。せっかく一度死んで、超大変な人間を辞めることが出来たんですよ。一応は人生を全うして。そしてまた人間として一からスタート? (大人として復活でも)
本当に復活ボタン押すの? 正気?

地獄に行ったり、草葉の陰から愛すべき人々を見守っている訳じゃないんですよね?
死んだら「無」なんですよね。
なのに、わざわざ生き返って人間スタート。完全になっても相変わらずアダム&エバレベルで、重力、人間関係、勤労義務、神の奴隷(別に友人という表現でもいいですけど)という荷物を背負いつつ、しかも永遠に生きる… 終わりがない… 怖っ。 

では、質問変えます。「地上の楽園に復活」と「天に霊者として復活」ならどちらのボタンを押しますか?

え?悩んでいるの?アホなの?

選択の余地はありません。当然「天」でしょ。 
そうです。 どうしても素晴らしい第二次生命体を望むなら、肉体を着けながらではなく、霊的な体が必須なのです。出版物にも「イエスがラザロを復活させて、地上ではなく天への復活の希望へと導いく事により、愛ある親切を示した」(洞察2-674のまとめ)とある。
これでは地上の楽園への復活を統治体がバカにしていると捉えられても仕方ないですね。「俺たちは天での輝かしい立場を、おめえら地的メンバーはアムハーアーレツじゃ、永遠に」


「じゃあ、逆に聞きますけど、JW教理がことごとく間違っていて、本当はいわゆる地獄があったとしたら、ドカルトさんはどうするんですか? 

え… 確かに「地獄」があったら、俺は完全にそっちだ…

すいません。どこでもいいので復活させて下さい…