以前に
『子どもに嫌われているのはきのせいで
もし、嫌われていても
それは、興味をしめしている証拠でもある』
なんて書いたコトがありました。
・・・ハイ
覚えてないですよね(ノ◇≦。)
以前書いたんです(・∀・)
好きと嫌いは紙一重
好きの反対派嫌いではない
好きの反対派無関心
そんなコトを昔友達に言われました。
その時は彼氏との関係に悩んでいたんですけど(苦笑)
嫌いなら、少なからず意識をしている
人間の感情なんて変わりやすいもの
どう転ぶかなんて
本人すら分からない
けれど、無関心なら
その人の存在に興味がない
興味がなければ
その人が何をしようとどうでもいい
そこからは何も生まれない
・・・その通りだと思いました。
嫌いという感情なら、その人の存在を認めている
けれど、無関心は
その人のその人の存在すら認めていない
それこそ悲しいことですよね。
嫌われてもいいから
私を見てほしい
存在を認めてほしい
気がついて
児童養護で働いていると、それを痛感します。
問題行動の裏にはそういった叫びが隠されています。
たぶん、家庭で育った子にもこういったことは
ありうる話しではないでしょうか。
児童養護施設では、
イイことをして褒めてもらうより
悪いことをして注意されるほうが簡単なのです。
悲しい現実ですが
職員はどうしても
手のかかる子を気に掛けることが
無意識に多くなってしまうんです
だから悪いことをする。
子どもは無意識にそれを知っているです。
長々とすみません
今日はこの辺で
さようならヾ(@°▽°@)ノ