母は一緒に行くことを決心した。それから地方の計画はあっという間に決まった。
実はこの旅は今までの旅と大きく違うことがもう一つある。
それは、高齢の母を伴っての滞在を決めたことだ。
半年以上、悩み続けた母は、ローランスたちの歓迎の言葉もあり、気持ちを固めた。
しかし、母は長く留守をすることに不安があり、理想は10日からせいぜい14日間くらいの滞在が希望であった。しかし長時間の フライトに加え、時差もあるので、ローランスの言葉に従い、2-3週間の滞在で考えることにした。
ただ大きな問題がある。帰りは航空会社のサポートを利用するとは言え、1人で帰国することになる。しかし母はそれを決心してくれ、予約を進めていくことができた。
私たちの航空券の予約ができて数日後、当初の予定より長くなってしまうが、料金的にもいいチケットを予約することにした。
大まかにローランス、ベロニック、そしてセートの二人のところの滞在も決まっている。
さあ、ここから、始まる。友人たちとの調整だ。
まずは地方に住む友人からあたる。何人かに送った。
その中でも子供がいる家族は相手の日程を優先したいと思っていたので、日程を決めたいと、ご主人のことをガンツジュニアと私たちが呼ぶナントに住んでいる家族に連絡をした。
すると、すぐに返事があり、さっとナントでの滞在が決まった。「祝日があるので一日休暇を取ると3泊4日で迎えられる」とのこと。さらに「今SNCFの予約係の仕事をしているので、わからないことがあれば何でも聞いてほしい」と言ってくれた。
これはとても頼りになる言葉だった。
そして、このナントの前後にと思っていたアンジェの夫妻にメールをした。するとこの二人からもすぐ返事が来た。「初めの連絡をもらってから、いろいろ提案を考えていた。もしよければ、ナントまで迎えに行くから、そのあと、一緒にラ岬のとても人気のある貸し家に一週間滞在するのはどう?ラ岬の後は改装したアンジェの我が家に来てもらえる。貸し家は、48時間以内に予約を入れるべく今保留にしているので、返事を」と。
「すべて任せる」とすぐに返事をした。
私の今回の旅は、フランスでフランス人のように住むような滞在をするという夢の実現で、アパート生活をすることが一番の目的だ。貸し家に一週間というのは、一瞬迷ったが、「そうだ、これもフランス人の生活を体験できるチャンスではないか」と思い直した。
何より、気の置けない二人との貸し別荘での滞在は、わくわくする。
この際、「またブルターニュか・・ブルターニュより地中海が好き・・」などということは忘れて、生活を楽しむことにしようではないか。
この二か所の滞在が決まり、次はブザンゾン(と言っても田舎なので、この最寄り駅まで一時間くらいかかったはず)のリタイア組の二人に連絡を入れた。
すぐにこちらも、一週間の期間を連絡してくれ、「プログラムはこれから考える」とのこと。ここもお任せである。
同時に送ったディジョンの私たちの通称名「エスカレーター」から返事がなかったが、これはどうにでもなるはず、ということで、大きな地方の滞在がほぼ決まった。