今日は中目黒へ地下鉄
元々の目的は区役所まで
戸籍謄本を貰いに行くことでした。
 
ところが、今月から家の近くで
取得できるようになったので、
目黒まで行く必要が無くなった
のですが、父が入居していた
サ高住で仲良くなった高齢の
友人と「少し暖かくなったら
中目黒で食事しましょう」
と約束していたのです。
 
改札で彼女を待っていると、
目の前に元同僚が目
私に気づかず通り過ぎようと
する彼に声をかけて、
立ち話をしました。
南アフリカ人の彼と最後に
会ったのは、アメリカ人と
カナダ人の同僚と四人で
食事をした時のことナイフとフォーク
確か、全員が辞めた後だった
ので...12年ぶり。
思いがけない偶然がとても
嬉しかったです音譜
 
ちょうど彼と話し終えた
ところで待ち合わせていた
友人と会い、予約していた
レストランまで桜を見ながら
歩きました桜桜桜
 

 

彼女は父が亡くなった翌日に
横浜のサ高住へ引越し、
その後一度、同じ日に区役所に
行く用が会ったので連絡を取り、
夫の運転で横浜まで送って行った
ことがありましたが、今日は
ゆっくりと話すことができました。
 
食事の後は、一緒に
「郷さくら美術館へ」桜
彼女は多趣味で、絵も描くので
色々と教えてもらいながら
楽しい時間を過ごしました。
 

80代の友人アップ

 

彼女と再会を誓って、その後は

半蔵門へ地下鉄

昨年、会員制のお店のクッキーを

電話で注文した際、受け取りまで

1年と言われ...汗 忘れそうで

心配していましたが、無事に

購入することが出来ましたあせる

 

二缶買って、一つは紹介して

くれた義両親にプレゼントプレゼント

でも、今回さすがに1年という

待ち期間に懲りたので、

この次は...無いかもしれませんダウン

先日、父の相続がらみで帰省した際、

私が相続する土地建物に関する登記内容に

疑問があったために、市役所の方に

現場確認をしてもらいました。

(結果的に、固定資産税が爆上がり

するという薮蛇行為でしたダウン

 

その他には父の銀行口座の凍結解除の

手続や司法書士に登記の相談をして、

翌日は税理士と相続と相続税に

ついての話をし、この先も

まだまだやるべきことが山積だと

実感したわけです...ガックリ

 

銀行、司法書士、税理士からは

相続人の印鑑証明書と戸籍謄本を

持参するよう言われていました。

印鑑証明書は家の近くにある

区役所の出張所で取得しましたが、

戸籍謄本に関しては住民票のある

区と本籍のある区が異なるため、

本籍地である目黒区まで取りに

行きました車

 

そして先ほど、司法書士とメールで

今後の手続に必要な委任状に関する

やり取りをしていて疑問があり、

ネットで調べたところ、今月から

本籍地以外の役所でも戸籍謄本が

取得出来るようになったと

知りました目

 

今まで事ある度に目黒まで行く

必要があり、いつからだったか

目黒駅構内の出張所が閉鎖になり、

さらにハードルが上がっていることに

辟易し、夫に本籍地を変更して欲しいと

懇願していたのです。

でも、これからは何処でも取得

出来るのならば、むしろ本籍を

変更する方が面倒くさい...

 

実は来週、父が住んでいたサ高住で

仲良くなった高齢女性と会う約束を

しており、今後さらに必要になりそうな

自分の戸籍謄本を目黒区役所に取りに

行くことを兼ねて、彼女と中目黒で

お花見ランチをします桜桜桜

 

でも、待ち合わせ前にバタバタ

したくありませんし、戸籍謄本は

早速明日近所で取得しておくことにします。

 

それにしても、こんな大切なことを

国は何故もっと周知しないんだろうか???

先週末、父の納骨のために
久しぶりに帰省した際、
実家の変化に驚きました。
父が亡くなる半年ほど前から
義兄が住んでいた実家から
父の持ち物や家具が9割方
姿を消していたのです。
 
実家を相続するのは姉。
私はその向かいにある
昔の実家兼旧店舗であり、
今は父に代わって義兄が
社長を務めてくれている
会社が入る建物を相続します。
ですから、私は実家のことを
兎や角言うべき立場にはなく、
そもそも父が逆の相続を
考えていたところを
「実家は姉にあげて」と
進言したのは私...。
 
でも、あれは祖母と父と
私が三人で相談しながら
建てて住んだ家。
私が大工さんに教えてもらい、
一列だけではあるものの
自分で煉瓦を積んだ家。
祖母と父、そして私と
最初の愛猫とが一緒に
住んでいた家。
 
当然ながら、私にとっては
たくさんの思い出が
詰まった場所です。
一方、姉にとっては帰省時に
何度か泊まったことは
あっても、住んだことはなく、
今は「夫と猫達が住む家」
であり、「将来仕事を辞めたら
暮らす我が家」です。
 
ですから、快適な場所にしたい
気持ちはよく分かるし、姉は
義兄に「父が存命中は何も
捨てないように」と言い、
義兄はそれを守ってくれました。
 
そのため、先週は姉に
「ずいぶん思い切ったね」
としか言いませんでしたし、
動揺する気持ちを隠しました。
 
でも今夜、私の高校時代の親友で、
今は義兄が出張で留守にする間に
猫たちの世話をしてくれている
友人から連絡をもらった時に、
考えないようにしていた率直な
気持ちが溢れてしまいました。
 
父と下の名前で呼び合っていた
ほど父と親しくしてくれていた
彼女が、姉よりも私の気持ちに
寄り添ってくれたことが嬉しく、
それと同時にとても複雑な
気持ちになってしまったのです。
 
とはいえ、状況が変わって
しまった今、それぞれが前を
向かなくてはいけません。
明後日、相続手続きがらみで
帰省する際には、姉夫婦が
今もほとんど触らずにいて
くれている「私の部屋」を
整理して明け渡してこよう
と思います。

週末に着た喪服をクリーニング店に

持って行った時のこと。

店員さんが洗濯のタグを見て一言

「すげっ!」と...

 

驚いて彼女の顔を見ると

「これ、シルクなんですね」

と言うので、

「あぁ、この部分がシルク

なんですね。知りませんでした」

と答えました。

すると「これまで見た女性用の

礼服の中で仕立てもデザインも

一番素敵です」と。

 

お世辞だったのかもしれませんが、

嬉しくなって

「これは昔、父に買ってもらった

物なんですが、今回は父の葬儀で

着たんです」と言いました。

すると今度は

「お洒落なお父様だったんですね。

こんな素敵なものを見せて頂けて

お父様に感謝です」とまで

言ってくれました。

 

仕事がら、こういう会話を

心がけている方なのかもしれません。

でも、最初の「すげっ!」という

言葉が衝撃的過ぎて、後半の

話の内容が少しかすむほどでした...

今日は日帰りで実家に帰省して
きました車
親戚と父の同級生、そして
父の会社の社員たちに集まって
もらい、四十九日の法要を営み、
納骨をしてきたのです。
 
当初は法事を行わず、家族だけで
納骨をするつもりでしたが、
叔父達からの意見もあり、
行うことになりました。
 
でも、皆に直接挨拶をする
ことが出来ましたし、けじめを
つける良い機会となったと
思いますし、喪主として今日の
法要のために準備をしてくれた
姉もきっと同じ気持ちだった
ことと思います。
 

 

とりわけ、15年ぶりに会った

従妹たちや、私と犬猿の仲だった

叔父(故人)の家族と話をする

機会を持てたことは貴重でした。

そんな機会を与えてくれた

父に感謝です。