10.戦場のボーイズ・ライフ (ボーイズ・ライフpt.
『フクロウの声が聞こえる』が見せた、とんでもない、これからあるかもしれない未来に呆然としていると、ファンキーなビートと、ノリノリなホーンセクションが始まった。
小沢健二が足を踏み鳴らすようにしながら歌うので、人生という戦場を生き抜くための行進曲に聞こえてきた。とても大事なメッセージが込められていることが、歌詞を聴かなくてもわかる、そんなメロディだ。
ここからのメドレーは流動体だ。イントロや大サビのフレーズなどを削りつつ、順番を変えたり、古い歌詞を復刻したり、また前の曲に戻ったり。
曲自体が形を変えて、蜃気楼として炸裂する。
11.愛し愛されて生きるのさ
『戦場のボーイズ・ライフ』からそのままの風景で次の歌へ繋がる。通り雨がコンクリートを染めていくのさ。そういえばさっき通り雨が降る会場に居た気がする。
会場が熱狂する。小沢健二も歌うように煽ってくる。なーーーんにも考えなくても歌詞が口から出て来る。
「いつだっておかしいほど誰もが誰か愛し愛されて生きるのさ」。
どんなポップソングも、愛を語るけれど、ここまで端的に、簡潔に、冷静に、そしてそれを自覚したうえで盲目的に、熱狂的に、愛について語った言葉はないと思う。それを1万人近くが口にするのだから、恐ろしい通り越して、たしかにおかしいほどだ。この会場に集まった1万人だって、みんな愛し愛されて生きてきて、この会場に集まっているわけだ。つまり1万通りの愛し方・愛され方が集まっている。そんな気が遠くなるような考えがよぎりながらも、口からはすらすらと歌詞が出て来る。お祭りだもんね。そんな言い訳を用意して...そんな言い訳を用意して...
12.東京恋愛専科 ・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー
「それでいつか僕と君が年を取ってからも たまにゃふたりでおでかけしたいんだってばー」というとんでもなくキュートな弾き語り。せわしないダンス。雨!雨!Alé? 傘! 目目 耳耳 鼻鼻 口口 キラキラ お空~!振り付けの詳細はTwitterの青鬼の動画を参照いただくとして…。
今回の東京恋愛専科はホーンセクション特別。3人のラテンのリズムがスゴイ。もう祭りというかフェスタ。もうラテンでレッツ・ラブ。一体小沢健二さんは南米の旅でどんな音楽を吸収されてきたのかと思いつつも。身体は浮かれ浮かれてる場所、それは今いる場所、それはここ(©ピコ太郎)
ストリングス隊は楽器を放り投げて、シャボン玉を吹いている。「七色に輝く素敵なNight & Day」で初めて、この曲も「虹」だったのか、と気付く。
身体は踊り、口からは歌詞が、そして頭は冷静に二度と戻らない美しい日に居ると知っている。
「さよ云え」の呪いである。小沢健二のファンは、どんなに楽しくても、いや、楽しければ楽しいほど、同時に脳裏に「本当は分かってる。二度と戻らない美しい日に居ると」と浮かんでしまい、切なくなり、だからこそ今がたまらなく輝いて見える、という呪いをかけられている。
この「さよ云え」の呪いも、思えば日常にふと生まれる裂け目なのかもしれない。小沢健二ファンが「さよ云え」の呪いを発動させているときは、きっと未来の自分が裂け目から自分の見ているんだろうな、と思ったりもするけれど。
13.愛し愛されて生きるのさ
そんな「さよ云え」の呪いが発動していたからか、「家族や友人たちと~」のセリフよりも、今は「我ら、時を行く」のほうが心に沁みた。
そうか、そうだ、我々は時を行くのだ。犬が吠えようと構わずに。そう思いながら、口からはサビの歌詞が流れ出て来る。ラジオ体操の振付よりも、自然に出て来る。そんな時、この曲の歌詞に導かれて、10年前の自分が武道館に来たことを思い出したりした。
14.戦場のボーイズ・ライフ (ボーイズ・ライフpt.
23年ぶりの歌詞が飛び出して驚いているまもなく、大合唱が始まる。「明日を信じたい今は~」の最後の伸びの部分を大声で歌っていて、自分の声の波長と、小沢健二の声の波長が完全に一致した瞬間があった。あの瞬間だけ、客席の自分と、ステージ上の小沢健二が一瞬入れ替わった気がした。なぜか脳内の映像もステージ上から自分を見下ろしている小沢健二視点で記憶されている。なにが起きたんだろう。
小沢健二は「いつだって信じてる」と言い、ステージに仁王立ちになり、光を掲げた。その光は、とても綺麗だった。
15.強い気持ち・強い愛
ストリングスのイントロのフレーズが鳴った瞬間、「あ、本物だ」と思った。叶わない。身を任せないと持っていかれる。
曲の力に引き込まれて、自分の身体と、楽曲の境界が曖昧になっていくのを感じた。自分が身体を動かすと楽器が鳴り、音楽が鳴っていることでようやく自分の身体の輪郭を認識できる程だった。脳髄に直接「長い階段を上る人生が続く」「大きく深い河を渡らなければならない」「冷たく強い風に吹かれることもある」「涙がこぼれたり、君と僕が笑ったりする」ということを冷静に流し込まれる。そうか。苦労と幸福が一緒にある世界なのだな、と気付く。「この気持ちが本当である」と小沢健二も認めてくれていた。
16.ある光
満島ひかりがギターを持っていた。いや、持っていただけではない弾いていた。しかも「あるひかり」を。
簡単なことに気付かなかった。いや正確には知っていた。知っていたのになぜ忘れていたんだろう。
このライブはこの瞬間のためにあった。小沢健二がこの楽曲をバンドスタイルで披露するのだ。真の帰還を表明するのだ。
『ある光』は、小沢健二の人生の岐路に立たされている心情を吐露し、諦観というか、もはや悲壮な楽曲であった。
売れっ子であり続ける道を捨て、本当のことを探してNYへと飛び立った。ポップスターのダイイングメッセージであった。
満島ひかりのストロークから始まり、『ぼくらが旅に出る理由』のような浮遊感のあるストリングス、高揚感のあるホーン、『強い気持ち・強い愛』のような推進力のあるストリングス、『神秘的』のような優しく包み込むストリングス。そして満島ひかりのコーラス。
今回のライブで加わった新たな要素が、この楽曲の意味を変質させていく。
小沢健二が叫ぶ「Let's get on board」と。
かつての「Let's get on board」は、日本を離れアメリカ行きの飛行機に乗り込んで逃げてしまおう、という意味が確実に含まれていたと思う。
小沢健二はこの街に棲む音、メロディーになると決めた。それは、我々ファンの心の中にある光を見るため。一度裏切ってしまった人たちの、心の中にある光を見に来たのだ。それは電子回路なんかよりも、きっとずっと眩しいのだと思う。
別の宇宙から、裂け目を通って、こちら側の世界に帰ってきたのだ。もう壊れることはない、消費されることもない、いやなものは壊せばいいし、良いものを自分の手で作っていけばいい。そのやり方がわかったのだ。昔の友達、新しい友達、昔のファンから、新しいファンまで、みんなと飛び立つのだ。この歌を携えて。
ポップスターのダイイングメッセージは、20年経って新たな希望の歌となって再生した。
なるほど、これが絶望と希望が一緒にある世界の歌なんだな、と気付く。しっかりと飛び立とう、と小沢健二が言ってくれた。
17.流動体について
絶望の歌を反転させて、希望の歌とした小沢健二の、決意の歌だ。
極めて個人的な事柄と、宇宙規模の意思が交差する、視点の乱高下は相変わらずだが、ポップソングでは聴きなれないメッセージが並ぶ。
「意思は言葉を変え 言葉は都市を変えてゆく」
「無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない」
「宇宙の中で良いことを決意するときに」
この曲に小沢健二が帰還した理由、つまり時間をかけて分かった「小沢健二のやり方」が詰まっているのだと思う。
歌詞についての詳細な分析は途方もなくここでは展開できないけれど(考えがまだまだまとまっていない)。
ただ、この曲の録音をするという決意も相当なものだったと想像できるし、それをLIFE期のような大規模オーケストラで録音するだけでなく、その編成でライブがやりたい!そしてやってしまうという小沢健二の決意が言葉を変え、大げさでなくその言葉が都市を変えていこうとしている。枠組みをはみ出して、世の中に裂け目を作って、あっちから来たり、向こうへ行ったり。
この曲をライブでレコーディングの編成で演奏した以上、小沢健二の「魔法的」以降のレコーディングを発端とする大規模編成フェーズはひと段落しそう。いや、まだ『飛行する君と僕のために』が録音されてないんですけど。個人的な予想では、フジロック後にあの編成で絶対録音してるはず。でも何らかの事情で出せないんだわきっと。そうこうしているうちに、春空虹体制がスタートしてうやむやになってるんじゃないかしら。ほとんど妄言ですね。
この後またiPhoneとギターに戻るのか、新たなジャンルに行くのか、またジャズなのか、本当に先が読めないが、それほどの怖さはない。
それは、宇宙の中で小沢健二が良いことを決意する、という実感や信頼に近い予感がするからである。
(アンコール呼んでくださいと言われたので超呼ぶ)
再び会場は闇に包まれ、さっきまであった裂け目がまた閉じてしまう。
大きく拍手をし続けることで、祈るように、その裂け目がまた開くときを待っている。
18.流星ビバップ
再び暗闇がもぞもぞと動いたかと思うと、小沢健二の「薫る風を切って~」という弾き語りで、小さな裂け目が生まれ、春!空!虹春空虹!という掛け声とともに再び大きくなる。
軽快で楽しい曲に聞こえるが、要は失恋でヤケクソの恨み節である。
薫る風を切って北の丸公園を通り、汗をかき春の土を踏んだ。
僕たちが居た日本武道館は焼け落ちて 遠い遠い光の彼方に。
そしていつかすべてはシャボン玉のように消えていくんだね。
目の前に裂け目が現れて、その中から誰かが僕に伝えるのだ。「目に見えるすべてが優しさ」と。
それでいつか僕と君が年を取ってから、目の前に裂け目が現れたら、今度は僕が誰かに伝えるのだ「目に見えるすべてが優しさ」と。
そんなことを思っていると、満島ひかりが右手に巻き付けた光の玉で、空間を切り裂き、現実に小さな裂け目を作っていた。
19.春にして君を想う
裂け目から、老人の小沢健二が出てきた。相変わらず細身ではあったが、すっかり白髪になり、目尻の皺が増えた。
横にいる満島ひかりも美しいが、齢を重ねている。
小沢健二がいつものクラシックギターを取り出し(物持ちが良い!)、柔らかなフレーズを奏で、『春にして君を想う』を歌いだす。
そういえば二人が共演したいつかのライブのアンコールでも歌っていたような気がする。二人横並びでステップなんか踏みながら。
二人しかいなかったはずなのに、バックからはオーケストラの音が聞こえる。幻聴だろうか。
間奏部分になると、満島ひかりが立ち上がり、小さくステップを踏む。驚いた小沢健二は少しギターをトチって舌を出す。
再び噛みしめるように歌い出す小沢健二を、満島ひかりは優しく見つめる。
気が付くと小沢健二が消えていて、満島ひかりが涙を流していた。
20.ドアをノックするのは誰だ? (
「一緒に導かれたいんだ 行かないでいつまでだってそばにいて」の号令で、裂け目から半分春空虹、半分VILLAGEが見える状態になった。ドアノックダンスで身体を右、左、右左右!と揺らしていると、身体を傾けるたびに春空虹とVILLAGEの世界を行ったり来たりする。
どちらの世界も多幸感に満ちていて、幸せで頭が狂いそうだ。フルオーケストラの音像が、こちら側をノックするように襲い掛かってくる。
多分このまま素敵な日々がずっと続くんだろう。
爆音でかかり続けてるよドアノック。
春の空気にかかり続けてるよ虹。
21.アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)
ドアノックで夢見心地だった自分を切り裂くように、目覚ましのアラームのように、再びあの夢の始まりを告げたオルガンの音が響く。
そして、この日常の裂け目が、閉じようとしていることに気づく。
でもこの裂け目が戻って、帰るところは元々居た場所でもないと知っている。
この裂け目が閉じた後の光景、それこそが「きっと魔法のトンネルの先」なのだな、と思う。
緞帳が下りるように閉じていく裂け目を「オッオーオ!」という叫び声でなんとか留めようとするが、フィナーレを告げるように再びシャボン玉が舞台を満たし、小沢健二と満島ひかりが麺が茹でられる永遠を語る。
閉じていく裂け目を見ながら、色々なことを考える。
何かをを選んだときに、選ばなかったほうの自分を否定するような人にはなりたくないな。
今は並列しないかもしれなくても、一緒にあった方が良いものが、一緒にある世界がいいな。
そんなことを考えていたら、小沢健二がカウントダウンを始める。
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生活に帰ろう。
