自分を撮って理解する | takasanのブログ

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最近熱心にブログを更新していますが、そろそろネタ切れが心配なtakasanです。(笑)

 

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以前ブログで書いて以来、おっさんの写真、特に「自撮り」が楽しくて仕方ありません。

 

「自撮り」と言っても、スマホで撮るのではなく、一眼レフを三脚に乗せ、ストロボを焚き、リモートレリーズで撮る、いわゆる「セルフポートレート」です。

 

正直に言うと、この「自撮り」だけでもう何千回もシャッターを切っています。

 

でも、「アラフィフ」のおっさんが自室でスマイルしながら「自撮り」している姿は、他人が見たら「変態」にしか思えないはずです。(笑)

 

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以前は、「ライティングのテスト」のため仕方なく、みたいな消極的な理由でした。

今はもっとポジティブです。ていうか、もはや「どM」です。(笑)

 

半身からどアップまで、あらゆる角度で光を当てながら撮影するのですが・・・

  • お肌的に「最悪に厳しい光」を当てたときの写真。
  • ただでさえ「お寒い髪の毛」が更に寒く写っている写真。
  • わざとヒゲを伸ばし、「白ヒゲ」が目立つ状態で写した写真。
  • 鏡を見るたび若干気になっている、巨大なホクロをわざと前に向けた写真。
  • 広角レンズで顔が歪みまくった写真。

・・・山ほどの「痛い写真」をセレクトし、「撮って出しのまま」ガチで鑑賞します。

「なぜ自虐写真に見えるのか、なぜ公開処刑と思うのか」をこれまたマジメに考えます。

 

最後に、見えてはならないものや見たくもないものがパキパキに写っている写真を選び、自らレタッチします。

 

慣れるまでは、本気で「失神」しそうです。(笑)

 

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「撮る」側から「撮られる」側に、「レタッチする」側から「される」側になるだけで、

  • 「写真を撮られる」という事にどれほど「心理的圧迫」があるか
  • 肌が醜く写っていたり、自分の密かなコンプレックスがモロに出ていたり、無邪気に広角レンズで撮られたり、そんな「ロクでもない写真」を公開されることに、どれほど抵抗があるか
  • 「撮って出し写真」や「極薄なレタッチ」が、時としてどれほど被写体を傷つける可能性があるか

・・・心の底から、骨身にしみるまで理解できました。

 

この「自撮り」、ポートレートを撮る限り、自分の「必修科目」「ライフワーク」にしよう、と、本気で考えています。

 

 

#というわけで、将来水着写真を撮りたくなったらまずは自分の水着姿を、ヌードを撮りたくなったらまずは自分のヌードを撮る、と決めています。ていうか、すでに何枚か撮っています。需要があれば公開も販売も考え・・・(略)。

 
 

Self portrait (cropped), 2017

Canon EOS 50D 50-135mm F2.8