フラーレン意識
自らが光を発していくこと
恒星的な生き方
フラーレン意識をカタチにしたフラーレン
フラーレン意識を
お届けするものとして
フラーレンをつくっています。
こんにちは。
あなたの未来が花開く はばたきセラピスト
フラーレンクリエイター//ようこです。
今、この時の備忘録
2025年5月から40年以上ぶり?ぐらいに
アトピーが再発しました。
そこからただいま、自分を愛することを学び中。
そんな渦中にあるリアルな今の状況と心境を吐露させてもらいます。
それはいいかなと思われる方は
そっと目にせず閉じてくださいね。
今日は自分のために残させてもらいます。
漂うことが心地良い
いつの頃からか
素粒子として生きる
その時々の楽しいに反応して生きる
みたくないものややりたくないものに関しては
他人事として逃げる、避ける、素知らぬふり
自分として責任をもって生きることをしていなかったことに気づいた
なんとなし、なんとなく
の心地良さだけがバロメーター
だから
いつもどこか自信のなさ
(自身であり自分を信じる、自分という神 自神)
概念的なものに対しての理解や共鳴があっても
現実のなかで
怖いという鎧やブロックから
傍観者として
そうなんだぁと眺めるにとどまってしまっていたようだ
自分たちのなかには自神があるという概念
そこを信じてはいるけれど
自分に責任を持ってないわたしが話をしたところで
空虚なはなしになってしまう
自分でも学んでも
こんなにわかっているのに
ずっと深くおとしこんで
知っているのに
どうして言葉にならず
そして周りに伝わらないのだろうと思っていたけど
どうしてだかがようやくわかってきた
というか認めざる得なくなったような感じ。
死というもの
身体が思うように動かなくなるかもしれない
という恐怖が隣り合わせになる体感、恐怖をえて
自分は今、この目の前の現実をどうしていきたいと
考えざる得なくなった
そして
一緒に住む家族との時間
一緒にいられることの幸せ・奇跡をより
感じられるようになってきた
そして感謝
わたしは漂うことにより
自由を感じ広がりを感じ
宇宙を感じていたけど
ここは地球
そしてようことして肉体をもって存在出来ている
肉体があるからこそできることはたくさんある
肉体を持ってみたかった
素粒子として
何物にもなれる
それはそうなんだけど
それを時に使うことはあっても
それがベース(基本でありデフォルト)では
人として
繋がりあうこと、つくっていくことは出来ない
漂うことでしか
存在できなくなってしまっていた
過去のけいけんがあるのかもしれない。
いつかはそれを掘り下げる必要があるのかもしれない。
ただそういうものを抱えてしまう程に
傷つきながらも
守りながらも必死に
何事もなかったように
傷ついたと声をあげることなく
健気に
自分に鎧をつけて
守りながら
自分の核と感じられるものだけを
大切に生きてきた自分
そんな自分も愛おしい
頑張って
今の自分にバトンを渡してくれた
今度は
今、この時の未来を繋ぐ在り方に
今はフォーカスして生きたい
2026年5月22日金曜夕方からステロイドを再開
約3カ月ぶり
すごい勢いで肌が見た目は修復、キレイになりつつある
(2026年5月25日朝時点)
これはあくまで仮の姿
それでも
目がみえる、痛みがない
そんな日常を手にしている今
まだまだ50代
残された時間
力強く人として
自分を引き受けて生きる
そうこころを新たにした1日でした
なんのことやら~。
今日も備忘録、最後までお読みいただき
ありがとうございました。

