こんばんは。今回も数あるブログの中から
こちらにお越し下さいまして
本当にありがとうございます。
お元気ですか?
今回は、書いていったら
思いがけずとても長い記事に
なってしまいましたので
誠に恐縮なのですが、
前編・中編・後編の
三部構成にさせて頂きました。
こちらが、前編となります。
何卒宜しくお願い致します。
さて、IRMを極める5つの法則の中に
「現実を創造している自覚を持つ」
「出来事を心の鏡として観る」
というのがありますが、それについて
改めて感じたことがありましたので、
お伝えしますね。
たとえば、自分の周りに
「なんでこの人はこんなことも
分からないんだろうな・・・」
と思うような人がいたという場合。
(そういう方がいない場合は、
何か、ご自分に合うような形で
応用して頂けたらと思います)
この、対象になっている人を
「Aさん」としましょう。
「他人に対してそういう観方をするのって、
人としてどうなの?」
と思う方もいらっしゃるとは思うのですが、
それは置いておいて頂くとしまして。
この場合、「私(自分)」はAさんの
「わかっていない部分」
にフォーカスを当てて、
それを嘆いている、
というふうに観ることができると思います。
話をわかりやすくするために、
あえて極端な言い方にしますと
Aさんの弱い所、ダメな部分をあげつらって、
それをバカにしている、
とも言えるのでは、と思います。
(あくまで極端に書いていますことを
ご理解頂けましたらありがたいです)
そしてそれが、
Aさんに対してだけではなく、
他にも
Bさん、Cさん、・・・と、
同じように感じる人が多かったとしたら
それは自分が
「そういうものの観方をしがち」
というふうに言えるかもしれません。
(この例でいえば、「他人の弱いところを観て、
それをバカにする観方」ということです)
では、それがどのように
現実に影響を及ぼすか?
まず、
「与えたものが返ってくる」
という真理がありますが、
その真理の通りに、
自分の周りに、
自分(私)の弱いところをあげつらい、
バカにしてくる人が現れるでしょう。
「現れるでしょう」と書きましたが、
もっと言うと、
自分がそういう人を創造している、
と言えると思います。
そして、それだけではなく、
他人に対するものの観方(接し方)
というのは
たいてい、自分自身に対しても
同じことをしていると思われますので、
自分自身の弱いところにフォーカスを当て、
あげつらい、それをバカにする・責める、
ということが考えられます。
他の誰から何を言われる
(言われている)わけではないのに、
自分で自分を責め、苦しむ、
という図式ですね。
前者の、
周りにそういう人が現れるのも
イヤで苦しいことだと思いますし、
後者の、自分で自分を責めるのも、
つらいですよね。
こんな現実を望んでいる人は、
まず、いないんじゃないかなと思います。
でも、そういう現実になってしまうとしたら、
どうすればいいのでしょうか?
(中編に続きます)