こんばんは。
今回も数あるブログの中から
こちらにお越し下さいまして
誠にありがとうございます。
大阪を中心とする大きな地震が
月曜日に発生しました。
地震に見舞われた方、被害に遭われた方に
心よりお見舞い申し上げます。
また、関西地域に
お知り合いのいらっしゃる方も
ご心配されたことと思います。
そして、地震で亡くなられた方々のご冥福を
心よりお祈り申し上げます。
こういうことが起こりますと、改めて、
私たちの生活(人生)は
自然のおかげさまによって
成り立っているのだということを
まざまざと感じさせられるものであります。
こういうことが起こった時に
このように書くのは語弊があるかもしれませんが
普段、自然に守られて
生かされているんだなあということを
改めて深く感じます。
でも、そのことに毎日、感謝できているか、
本当にありがたいと思えているか、というと
僕は正直、必ずしもそうとは言えません。
当たり前、とまでは言わないですが
意識の外にある、という感じです。
特に感謝、というわけでもないです。
ただ、やっぱりそれだと、
あんまり望ましいとは言えないんじゃないかなと
我ながら思います。
それは
「今日も大きな地震とか
自然災害が起こらなかったんだから
感謝しなさいよ。
それで十分幸せなんだから、
それ以上のことは望んじゃいけませんよ」
ということではなくてです。
言い換えると、少し変な意味での
「足るを知る」ということではなくてです。
自然災害がない、
というのも決して当たり前のことではなくて
感謝できることで、
「感謝した方がいい」というと
また少し語弊があるかなとも思いますが、
やっぱり
ありがたいことなんだなと思うんですね。
それが道徳的に正しいことだから感謝をする、
ということではなくて
本質は、あらゆるもの(こと)が
「有り難い」
(あることが難しい、めったにない)
ことなんじゃないかと思うんですね。
真理では。
だって、人間が生まれてくる確率自体が
ものすごく奇跡的な確率だということで
そこからしてもう「有り難い」わけです。
そうはいっても、毎日大変なことがあったり
気にかかっていることがあったりすると
なかなか「生まれたことが有り難い」
とは思いにくいこともあるかと思いますが
少し立ち止まって、自分自身を含め
いろいろなものやことに対して
「これはあって当然のものだろうか?」
と自らに問いかけてみるのも、
新しい発見があるかもしれません。
新しい視点が生まれるかもしれません。
これを機に、僕もその
「自分への問いかけ」を
やっていこうと思いますので
もしよかったら、
試してみて頂けたらと思います。
最後までお読みくださいまして
誠にありがとうございました。
あなたの益々のご健康と
ご多幸を心よりお祈りしています!