こんばんは。
お越し下さいまして、ありがとうございます。
暑い日が今日も続きますが、くれぐれもお元気でお過ごし下さい。
<幸田先生のお言葉>
怒りの発生装置にエネルギーを入れてはいけない。
自分の怒りの発生装置(どういうタイミングで怒るのか)を見つけること。
<私の思い>
自分の場合、ひとつには「ルールを守らない人をみると怒りが出る」というのがあります。
この場合、「ルール」というのがキーワードであり、発生装置の1つだということです。
何でそれで怒るのか?
そんなにルールを大事に思っているのか?
大事に思っているとすると、何でそんなに(怒って自分が苦しくなるほど)大事にするのか?それほどまでにルールというものを大事にしないといけないのか?
そもそもルールとは何なのか?
きっと、人と人とが共同生活を営む上で、お互いが心地よく暮らしていけるためにこういう決まりを作っておきましょう、ということで決まったもの。
ルールだけが独り歩きするものではない。
もし世界に本当にひとりきりだとすると、ルールは基本的には要らないはず。(自制のためのルールは別として)
「お互いが心地よく生きていくためのルール」これが基本のはず。
だとすると、守らないことが悪いのではなく、守らないことによって誰かの権利が侵害される、誰かに迷惑が及ぶ、ということが問題なはず。
逆に言えば、ルールの中だったとしても、迷惑がかかったら、それはやっぱり問題であろう。(法律の抜け穴、とかもよく言われることだ)
だから、ルールを守る守らないの問題ではないことが分かる。
ここまでわわわーーっと、この場で自己観察してきましたが、こんな感じで元をたどっていくというのも一つのやり方です。
もし参考になりましたら、うれしく思います。
ちょっと、怒りの発生装置に風穴があきそうな気がしてきました。
今後、さらに観察を続けてまいります。
ここまでお読み下さいまして、誠にありがとうございました。
今日もお元気で、充実した1日をお過ごしください。
それでは、失礼致します。