こんばんは!

楽しかった「THIS IS IKU 2024 日本武道館」から、あっという間の1週間!

もう、皆様お気づきかと思いますが、KIINA.の”思春期の目”は、KIINA.のこちらのインスタグラムの6枚目にアップしてくださっていますね。

 

 

お茶目なKIINA.!

お茶目といえば、先の記事への育三郎さんファンのママは推し活中さまのコメントを読んで、あっ、そういえばセンターステージ上段に育三郎さんのエスコートで移動されるとき、”エスコート”ではなく、”介護”とおっしゃっていたことを思い出しました(笑)。

スタンディング状態だったので、メモをとりきれていなかったので、思い出せてありがたかったです。

この場を借りて、先の記事にコメントくださったkeikoj8さま、ひろこさま、ひぃちゃんさま、秋子さま、ママは推し活中さま、ありがとうございました。
ブログをつづけていく励みになります。

育三郎さんには、井上芳雄さんを中心に浦井健治さんの3人で”StarS”というユニットを組まれた2013年頃から何度か取材させていただいていて素敵なエピソードがたくさんあります。

今までKIINA.と大きな接点がないと思い、書く機会がなかったのですが、これを機会にこのあらためて書いてみたいと思いますので、お待ちくださいね。

 

そして、昨日まで、締切に追われ、書けずに追い込まれ、プライベートのメール返信もできないままにすごしていましたが、夕方までにようやく2本の原稿が仕上がって、あとは脱力。

極度の睡眠不足と、締め切りまでに出きあがらな方らどうしよう! と追い込まれていた心労で今日は終日ぐったりしていましたが、公開された「氷川きよしの昭和歌謡史2」のジャケ写がをみたら、がぜん力がわいてきました~!

 

 

 

12月18日発売!

2024年2月より、デビュー25周年を迎える氷川きよし。
『氷川きよしの昭和歌謡史』(2024年4月17日発売)に続き、氷川きよしの全カバー曲230曲の中より、『カバー・セレクション』(2023年9月6日発売)、『昭和歌謡史』で収録した全75曲を除く中から選曲。
『昭和歌謡史』と統一したキービジュアルをフィーチャーし、昭和を彩ってきた数々の名曲を年代順にまとめてリリースします。
22歳でデビューし、驚くべき歌唱力とその心地よい歌声で、聴く人の心を魅了し続ける氷川きよしの宝箱のようなアルバムです!

日本コロムビアさま、おっしゃるとおり!!

と、この文面に思わず快哉をあげたわたしです(喜)。

 

また予定ではありますが、発売日の12月18日は、ファンの仲間と”発売記念のお祝い”ができそうです!

 

収録曲は、

【DISC1】
影を慕いて
国境の町
旅笠道中
おてもやん
青い背広で
名月赤城山
湯の町エレジー
長崎の鐘
黒百合の歌
高原列車は行く
白虎隊
おんな船頭唄
ここに幸あり
どうせひろった恋だもの
母恋吹雪
船方さんよ
柿の木坂の家
 

【DISC2】
未練の波止場
踊子
お月さん今晩は
夕焼けとんび
夜がわらっている
花笠道中
僕は泣いちっち
人生劇場
山の吊橋
潮来笠
月の法善寺横町
ソーラン渡り鳥
スーダラ節
若いふたり
武田節
ひばりの佐渡情話
なみだ船
 

【DISC3】
長崎の女
関東春雨傘
東京ブルース
花と竜
涙の酒
男の土俵
星のフラメンコ
いっぽんどっこの唄
真赤な太陽
あなたのブルース
雨がやんだら
おやじの海
なみだの操
うそ
命くれない
北の漁場

 

 

では、以下は2004年の大晦日に初めて「NHK紅白歌合戦」を観覧したときのことを、ブログを書くようになって、2008年にそのときのことを振り返って書いた記事をアップします。
 

 

ここで私が一度だけ観覧した時のNHK紅白歌合戦の思い出をHKファイルをもとに少し書いてみようと思います。

ちなみに「HKファイル」というのは私の氷川きよしさんの記録ファイルのことです。
今日、ここで書くのは今年の紅白歌合戦の当落通知が今日12月5日頃に発送予定と聞きましたので、以前、一度だけ紅白歌合戦を観覧したことがあるとこのブログに書いたことがありますが、その後、その時のことを書こうと思いつつ、なかなかまとめが間に合わなかったので、書くならこのタイミングでなければとちょっと自分を急かして書いてみました。
だいぶ長いものになってしまいましたが、ラストにきよしさんのことも書いています。

観覧したのは2004年第55回紅白歌合戦でした。

この年まで1枚の当選ハガキで1名のみ入場可で、翌年から2名可能に変更になっています。

ちなみに当選の場合は当選ハガキ(往復葉書の返信)が当日の案内書と一緒に封書で送られてきます。
2004年はオリンピックイヤー。きよしさんが「番場の忠太郎」を歌った年です。審査委員は、荒川静香、高島礼子、滝沢秀明、中村勘三郎(当時・勘九郎)、野口みずき。野村忠宏、橋田壽賀子、日野原重明、森光子、和田一浩(敬称略)の面々でした。

 

さて忘れもしない、この年の大晦日は朝から雪が降っていました。それも大雪だったのです。
わが家では大晦日は家族で過ごすのが慣わしになっていましたので、父には大晦日の10日前くらいから、「座席が当日までわからないなんて、3階席の後ろになるかもしれないぞ。それならハガキはどこかで売って(違法ですけど!)、家でご馳走食べてテレビで観ればいいじゃないか」

と毎日言われ続けていました。

その挙句、当日は朝から雪。まして一名しか入場できないので一人きりでの観覧ですから、かなりブルーな気持ちになりました。
でも紅白歌合戦は毎回ものすごい競争率ですし、この後、再び観覧できるのなんていつになるかわかりません。

最初で最後というのは大げさかもしれませんが、それに近い気持ちでしたので、行くからにはお昼すぎくらいから並んでみようと決めていました。でもさすがに当日の大雪に心は揺れましたが、気をとり直して椅子、着替え一式、ホカロン、タオル、食料などなどかなりな大荷物を用意しました。雪はどんどん降っていました。
あまりの大雪に荷物も大きいですし、タクシーも拾えないかもしれません。

電話で迎車してもらったほうがいいかなと思っていたら、天の助け? 

弟がやり残した仕事があって急遽会社に行かなければならなくなったので、NHKホールまで行っている余裕はないけれども、会社近くの銀座駅まで乗せていってもらえることになりました。
そんなこんなでNHKホールには午後1時半ころに着きました。きちんと整列しているわけではないので正確な数ではありませんが、すでにざっと300人くらいは並んでいたように思います。

トップ集団は前夜から並んだということでした(いつもながらすごいですねー)。
普段の公開放送の時と違い、すでに列の前に柵が置かれ、並ぶ以前に入場券の提示を求められました。

雪がさらに激しく降り出していて、あまりにも寒く手がかじかんで、傘もさしていたため、封筒からなかなかハガキを出せず、係の人に出してもらったことを覚えています。

その時、「今日はこの悪天候ですが、先着順ではありませんので、どちらかでおやすみされてからおこしいただいてもかまいませんが、大丈夫ですか?」と係の方に聞かれました。
それから4時まで屋根もない(今は可動式のルーフが設置されましたが)ホール横で傘をさして並びましたが、3時頃に「悪天候のため早めに室内に移動しますので用事のある方は早めにすませてお戻り下さい」という呼びかけがあり、4時頃から順次、2階ロビーに移動しました。
 

待っている間、あれこれお話しした20代の福岡から来ている男性は、ここ7年連続で毎年来ていて、だいだい午後12時半から並ぶことにしているけれども、この日は悪天候のため30分遅く着いて1時から並んだところ、例年より2割ほど少ないということでした。これまでの7年のうち、1階席、2階席が半々。一度だけ3階席になったことがあったそうですが、3階席の時は1番前だったそうです。

この方はご自身への1年のご褒美に毎年300枚ほど応募されているとのことでした。


さて、2時間入場を早めていただけましたが、引き換え時間は予定どおりなので、ロビーに列を作って並びました。外で並んでいた間は、もう寒くて寒くて、ホカロンもあるだけ全部使ってしまいました。

そして雪があまりに降るので、1~2分間に一度は傘に積もる雪を振り落とさないと、傘が重たくて持っていられないほどでした(想像がつかないかもしれませんが)。

私はその時、父の顔が浮かび、こんな思いをして3階席の後ろかもしれないんだなあ、それにしてもこの情熱、自分のことながら驚くなあ。自分でこんなことをいうのもヘンかもしれないけど、本当に氷川きよしさんのファンなんなんだなあ。そうじゃなくてはこんなことやっていられないなあなどということをぼうっと考えていました。
 

そして定刻の6時ぴったりになると、ついに座席引き換えとなったのです。

それまでは先着順ではないということもあり、4~5列でだまだまになっているのですが、ここで1列になっていきます。引き換えカウンターが二つだったので、係の方の誘導で適当なところで区切られて、二手に分かれて列が流れていきました。
私はようやく引き換えて座席券を受け取っても、恐ろしくてなかなか券面を見ることができませんでした。

とにかく「後にも先にも紅白歌合戦に来る機会なんてないかもしれないので、せめて1階席をお願いします」とお祈りしてから、恐る恐る薄目で見ると...。

気になる”階”は”1階席”でした。

まずはそのことにホッとして次に列を見ると、”C2”列になっていました。

NHKホールにいらしたことがある方ならおわかりだと思いますが、C2列はセンターの2列なのです。

もうびっくりでした。

その瞬間、現金なものでこれまでの苦労も何もかもいっぺんに吹き飛びました。
そうなると意気揚々と大荷物をクロークに預け、1階席ロビーは事実上地下で携帯の電波が入らないので、エントランスに戻り、心配してくれていた家族に電話し、ひととおり友人とメールのやりとりをしました。

そんなことをしていたら、以前きよしさんの握手会でお会いしたことのある方が、私のことを覚えていて下さって、「もしや〇〇〇さんでは?」

と声をかけて下さいました。その方はご夫婦で朝10時から並んで1階C12列だったそうで、おたがいに「1階席で良かったね」と喜び合いました。


さて実際に会場に入ってわかったのですが、紅白歌合戦の時は1階の両サイドの席と後ろ5列分くらいを機材でつぶしてしまっているので、通常の3分の2弱しか座席がないのです。

そして、この1階席への出入りにはその度に厳重なチェックがあって、左右の出入り口は閉鎖し後方出入口1箇所にしぼってあるのですが、そこにセキュリティの人が常時4人もいて一々座席券をチェックするのです。
何だかすごいんだなあと、初めての紅白歌合戦の会場にドキドキしてきました。


実際に座席まで行ってみて、さらに驚くことが!
スペースの都合上、C1列を取り外していたためC2列は1列目だということがとわかったのです。

ちなみに審査員の中央の席は前にテーブルがおいてあり、そのテーブル分がC2列の位置、審査員席はC3列ですので、センターはC3列が1列目ということになります。その後ろは1列空席にし、C5列からが観客席でした。
入場の時に、番組の演出に使用するペンライトや紅白の旗、パンフレット、出場順リストなどの入った袋を配布されました。

この中に入っているカラーのパンフレットは出場者の名前が50音順で掲載されていますが、印刷時は歌う順番が決まっていなかったのでしょう。別途コピー刷りの出場順リストが同封されていました。

観覧には細かく演出が決められていて、観客は思っていたよりずっと忙しいのです。

まして1列目ですから、きちんとしなければなりません。ちなみにきよしさんの歌う順番は56人中52番目でした。
私のC2列の端には総合司会の堀尾アナウンサーの席があり、合間にはそこで待機されているのですが、大役にカメラに映っていない合間にも、かなり緊張されている様子が伝わってきました。
番組の前半、ジョン健ヌッツォさんが新撰組の主題歌を歌うということで、きよしさんと前川清さんが新撰組の羽織を着て、審査員の方とお話するという演出があり、その前の森山良子さんが歌われている時に、お二人が待機されていたのですが、森山さんのほうをしっかり見ていたので、目の前に男の人が立っているなあとは思っていたのですが、その人がきよしさんだと気付いていませんでした(ちょっと残念)。

森山さんが歌い終わって、場内が明るくなったら、目の前にいる方がやっときよしさんだとわかりました。まあ1列目なのに、中央で歌う森山良子さんを見ずに、きよしさんの方を見ていることこそ失礼になってしまいますし、それでよかったのでしょうけれども...。

気付いた途端に、きよしさんは前川さんに続いて中央席に移動してトークがスタートした次第です。


紅白歌合戦を1列目で見られるなんて、夢のようでしたが、どの歌手の方もその1曲にかける集中力、エネルギーは並大抵なものではないということを眼前で見せて感じさせていただきました。
 

この年、われらがきよしさんは「番場の忠太郎」で2004年を歌い納めました。

きよしさんの後は先取交代で再び白組から平井堅さんが歌ったのですが、平井さんが歌う時に場内にペンライトが煌めいているという演出になっていたため、きよしさんが歌っている後半くらいから大きなボードに”ペンライトを用意して下さい”という指示が出ていました。
そしてその時、私はしっかりと見ました。きよしさんが舞台袖に戻っていく時のことです。

きよしさんにはもうスポットライトもあたっていませんし、テレビカメラは平井さんと場内のペンライトを映していてほとんどの人は平井さんを見ています。

そんな状況で、きよしさんが上手側舞台袖に入っていく間際、静かに頭を下げてから両手をちょこっと唇にあて、小さな投げキッスをしたのです(舞台でするような皆に届けようとする大きな投げキッスとは違っていました)。

私は1列目の下手側の席だったので暗くても何とか見えたのだと思います。

というのも、終演後、入場時にお会いした12列目でご覧になった方に、きよしさんの小さな投げキッスのことを話したら、きよしさんを目で最後まで追ったけれども、暗くて見えなくなってしまったとおっしゃっていたからです。

 

私はそんなきよしさんに温かな真心を感じ、本当に真っ直ぐな人なんだって思いました。

うまく説明できないのですが、テレビに映っているとか、皆が見ているとか見ていないとか、そんなことは関係ないというか。

ほとんど自分が皆から見えていないとしても、1年の感謝を、そのようにして表わさずにはいられなかったのではないでしょうか。
 

さて、今年はそれから4年。再びのオリンピックイヤーですね。きよしさんは「玄海船歌」を歌うのでしょうか。9年連続出場。本当に立派です。
いろいろなことのあった2008年、きよしさんに明るく前向きに締め括ってほしいものです。

 

それではまたお会いできますように!