「今、平和が遠のいてしまっています。

人間にとって一番大切なのは命です。

皆の命が尊い。

そして、あらためて゛母の祈り゛(争いを好まない無償の愛、慈愛)が、平和を築いてきたのだと思います。

今、歌いたい作品は、美空ひばりさんの『一本の鉛筆』です」

橿原文化会館での夜の部で、そうおっしゃると、「一本の鉛筆」を歌ってくださいました。

混沌とした世の中で、ひとすじの光をみた思いがしました。

 

そう、どんなときもこうして、前を向いて生きていこうと、自らも心痛め、迷いながらも、その歌声でわたしたちを励ましてきてくれたことをあらためて思い返して...。

胸がいっぱいになりました。

 

 

夜の部で、その歌唱はいっそう艷めき、輝きを増していきました。

「2か月近く歌えなくて。

大好きな奈良・橿原で2か月ぶりのコンサートです。

この日を自分も一生忘れません。

9年前にも喉の使いすぎで手術をしました。

(自分にとって喉は)消耗品なんですね。喉一本で生活してきましたから。

こうしてまたステージで歌えて嬉しいです。(主治医の)先生に喉のために声高らかに話すようにと言われました。

4日前にボイストレーニングをうけて今日に備えました」

 

「きよしのズンドコ節」を歌い終えたあとのオープニングトークでそうおっしゃいました。

 

昼の部では、

「(喉を使いすぎるのは)性格的なものもあるかもしれません。

ふだんは物静かで内向的なんですけど、歌になると、バーンと自分の思いを伝えたくなって声を張り上げて歌ってしまうから。

野球選手のタコみたいなものですよね。

手術は全身麻酔だったんですけど、すぐに意識が遠のいて、終わって、目が覚めたら晴れ晴れとしていました。年齢もアレですので。

今年、25歳になりますから」

しれっとそうおっしゃったきよしさんに、皆がいぶかしげな視線を送ると(笑)、

「45歳になります。

自分が上京したとき、母が42歳だったんです。自分も親の年齢になったんだなって思います」

と。

 

今日、明治座さんでの座長公演のスタンプラリーの詳細がアップしましたね。

そのことは帰宅してから書く次の記事であらためてふれますが、そのインフォメーションを司会の西寄ひがしさんがされたとき、

「今回は自分の素質をいかせるものをと。自分の素に近い役を。

○○○の○○○○の役をやります」

きよしさんの言葉に、西寄さんは゛え?゛と、返答に困った様子で、

「そんな役、ありましたっけ?」

と。

すると、きよしさんは嬉々として、

「撮影したじゃない」

゛西さん、何忘れてるの?゛といわんばかりのきよしさんに、

「あのシルエット?」

と、西寄さんがおたずねになると、

「はい!」

満面の笑みで答えたきよしさんでしたが、

「それっていっていいんですか?」

西寄さんにそういわれると、沈黙...。

超シークレットだったようです(汗)。

 

きよしさん、絶好調の証ですね(笑)。

でも、その会話から、゛いじわるばあさん゛を演じてみたいといっていたのは伊達や酔狂ではなかったことが判明したのです。

この話題は、お芝居を観るときのサプライズな楽しみにも影響することなので、次の記事を書くまでに、書き方を少し考えてみますね。

 

そして、喫茶からお食事まですべてプロデュースして、゛kiinaのテーマパーク゛を構想してくださっていることも明かしてくださいました。

楽しみですね!

 

それから26日の「うたコン」では、「群青の弦」を歌ってくださるそうです。

そのため、しばし大阪に滞在されるそうで、たこ焼が楽しみとお話しされていました。

 

文末にセットリストです。

「歌は我が命」

「南風」

「ダイヤモンド富士」

 ※バンド演奏「星空のメモリーズ」

「きよしのズンドコ節」

「一本の鉛筆」

「母」

「櫻」

「星空の秋子」

「あの娘と野菊と渡し舟」

「みれん心」

「紅ドレス」

「白雲の城」

「一剣」

「越後の雪次郎」

「花の渡り鳥」

「大井追っかけ音次郎」

「箱根八里の半次郎」

「群青の弦」

 ※バンド演奏「春の海」

「紫のタンゴ」

「生まれてきたら愛すればいい」

※バンド演奏「だからあなたも生きぬいて」

「Glamorous Butterfly」 

「限界突破×サバイバー」

~アンコール~ 

「Happy!」

「WALK」

「きみとぼく」

「You are you」

「碧し」

 

以上、全27曲です。

 

きよしさん!

kiina!

魂の歌声、心に刻みました。

ステージに戻ってきてくれて、ありがとう!

熱唱をありがとう!!

あなたの誠実さと真心、そしてひとりの人間としての魂の叫びが、心の奥底にまでに届いて、今も痛いほど響いています。

おかげで、わたしにはもう迷いがなくなりました。