こんばんは。
今日(あっ、もうすでに昨日ですね・笑)は、午後から仕事で、出かけていました。
帰宅途中に、堺のお友達のUさんから、”今夜(23日)放送された「水谷ひろしのOSAKA 歌謡ウェーブ」(ラジオ大阪)で、今回のきよしさんの決断について、水森先生がお話しされているので、ぜひ聴いてみてください”とメールがとどいて。
わたしは帰宅して食事をしてから、ドラマの録画のチェックは後日することにして、さっそくradikoで聴いたのです。
水谷さんは、1月21日にきよしさんの年内いっぱいでの一時活動休止(これからこのように書こうかなと思っています)をしって、きよしさんの恩師である水森英夫先生に、番組にもご出演いただくなどして親しくされていることもあり、すぐに電話をされたのだそうです。
そのやりとりが、水谷さんのトークで紹介されていましたので、ここでも共有させていただきたいと思いました。
今日(23日)の午後6時から放送されたばかりなので、radikoでお聴きになれる方はぜひ!
冒頭できよしさんのことを話題にされ、水森先生にお電話されたので、このあとそのこともお話ししてくださることを前置きされて、2月1日に発売されるきよしさんの新曲「群青の弦」をながしてくださいました。
後半でもアシスタントの奈央さんと、なるほどなあと思う、きよしさんの話題をされていますので、そちらは放送で聴いてみてくださいね。
以下、水谷さんがおひとりで話されているのですが、” ”内の水森先生の言葉は、水森先生の口調で再現されています。
「金曜日(1月21日)に氷川さんの第一報をきいたあと、氷川さんといえば恩師で作曲家の水森英夫先生でしょう。
デビュー曲の「箱根八里の半次郎」からず~っと。
その前いえば、九州でスカウトして、お弟子さんとしていろいろ音楽の指導をして。で、デビュー曲からですからね。
で、水森先生に電話かけて、聞きました。
水森先生、まず氷川さんがいったんお休みするっていう話はご存じでした? 聞いてらっしゃいました?って言ったら、水森先生は”聞いてた”って言うんですよ。
で、先生、あの、理由はわかります? まあもちろん本人じゃないからですけど、先生、想像されたらって言ったら、
”うーん、疲れちゃったんだろうね。
走ってきたからね~。
まあ、歌をやめるわけじゃないし、休むわけでしょ。
でも、水谷さん、考えて!
22歳からずーっと一線でがんばって、レコード大賞もずーっと出していただいて、優秀作品賞いただいて。
紅白歌合戦、デビューの年から22年連続出場。
それにコンサートがいっぱいある。ディナーショーがある。
いっぱい仕事してきたから、休みたかったんだろうね”
お父さんみたいな言い方で、水森先生、おっしゃってたんですね。
で、もちろんさっきメールでご紹介したように、われわれが外から考えると、ひょっとしたら(愛犬の)ココアちゃんが亡くなったこともショック(昨年2月16日)だったと思うんです。大事な家族ですから。
ですから今度、発売する「群青の弦」には、A、B、C、3タイプともボーナストラックで「きみとぼく」っていうのが入っていて。作詩がkii、ご本人なんですけど、この”きみ”っていうのはココアちゃんのことなんでしょう?
そういうこともいろいろなことがあったんだろうと思いますが。
~中略~
氷川さん、今年1年、しっかりお歌いになります。
劇場公演もあります。
1年間はしっかり氷川さんの歌を楽しんでいただけるのは、これ、確実なんですが。
そのあとのこと、どうしても、われわれ、気になるじゃない。
ただ、これ、氷川さんに聞いていないのでわからないんだけど、わたしはひとつのポイントとして、水森英夫さんがおっしゃったこの言葉っていうのが重要じゃないかなって思ったの。
水森先生が最後に、先生、いつ頃、もどってくると想像されます? って言ったら、先生、
”うーん、でもね、歌、好きだからね”
と、おっしゃったんですね。
わたし、これがポイントだろうと思うんで、しっかり1年間は皆さん、氷川さんと走って、そのあとちょっと休んでもらったら、また氷川さんの”新しいの”を聴けるように楽しみに待ちましょ!
ということです」
Uさん、おしらせをありがとうございました。
ぜひ、皆さんにお伝えしたいと思い、嬉々として深夜に仕事だと後回しにしがちな文字起こしを(笑)。
そして、水谷ひろしさん!
皆がいちばんしりたい情報をありがとうございました。
皆様、下記をクリックすると、番組HPにリンクして、番組にメッセージを送ることができます。
ところで、22日の西寄ひがしさんのトークライブで、きよしさんから激励のお電話があり、テレビ収録しているとのことだったと書かせていただいていましたが、「ネプリーグ」の収録をされていたことが、事務所の後輩の岩佐美咲さんのブログにアップしていたことを、これもまたUさんがおしえてくださいました。
大先輩の和田アキ子さんの、”すぐ連絡をしたんですけど。いつもだったら、すぐ地方にいても返信があるんですけど、多分外国かどっかに行ってるんじゃないかなって、わからないですよ?”
とのコメントを目にしましたが、kiiさまは日本にいらっしゃいますのよ~ん。
そのことを記事にされた記者さんには、少し調べてから書いてほしかったですが、もしかしたら和田さんの言葉のそのままの方がインパクトがあると思ってそのままスルーされたのでしょうか。
そして、和田さんは”しかるべき時までそっとしておいてあげなさいよ”という思いで冗談めかしておっしゃったのかもしれませんよね。
さて、以下は、深夜なのでとめどなく...。
15周年を終えたころだったでしょうか?
またたく間に1日が終わり、今日はどこにいるのかわからないほど全国をまわって...。
元旦にはもう、その年の大晦日のことを考えて走り出す。
日々全力疾走してきて、ハッと気づいたらずいぶんと時が経っていて。
自分も周囲の人たちも年齢を重ね、風景も変わっていて、浦島太郎のような気持ちになったことをお話しされたことがあったかと思います。
せつない思いになりました。
そして、昨年以降、何度か書いてきたことですが、長良川国際会議場でのコンサートなどで、これまでに何十回も訪れている岐阜で、昨年、初めて岐阜城の存在に気づかれ、感動されたというきよしさんに、デビュー以来、”氷川きよし”にどれほど持てる全てを懸けていたのかを実感して、胸が痛くなったのです。
デビュー以来、コンサートや公開収録等で岐阜には毎年、ときには年に数回訪れていたはずなのに、昨年(2021年8月)まで、岐阜城の存在にまったく気づかなかったというきよしさんに、すべてが了解できたというとおこがましいのですが、でも、そんな思いになりました。
この公演の前日に「趣味の園芸」の収録があったそうで、ペチュニアの摘芯にご自身を重ねるように、
「ペチュニアは、綺麗な形にするには摘芯が必要で、もったいないからと花を切らないとうなだれちゃう。
過去の栄光もそうてす。切らないと新しい花を咲かせられないんですよ~。(植物から)学ぶことが多いです」
と、お話しされていました。
お母様が、”休んだらいいよ”といってくださったことをお話しされた時期を思うと、もしかしたら、20周年イヤーを無事に終えたアフター20周年の2020年。
その1年間に、初のポップスアルバムを出してポップスコンサートも開催し(コロナ禍で中止)、座長公演を東京都大阪で開催し、「きよしこの夜」の節目の20回目を開催して。
今回と同じ形を考えていたのかはわかりませんが、まとまった期間、休養される心づもりではなかったのではなかったのかな? と、ふと思ったのです。
というのも、これまで節目の年には、”15周年は20周年へのスタートです”というように、必ず5年後のことをおっしゃっていたかと思うのですが、20周年以降、”25周年”という言葉をきよしさんからきいていなかったような気がして。
まずここでひと息つきたいという思いがあったから、未来のことを考えていないはずはないですが、正直なきよしさんは”25周年”という言葉を口にすることができなかったのかなあと。
コロナ禍で、自分自身を見つめ直す時間ができたということもあったかもしれず。
と、ついつい、しないといっていたはず
の詮索モードになってしまいましたね(汗)。
ごめんなさい。
そのことも、いつかきよしさんがお話ししてくださいますね。
さて、長良川国際会議場での楽しかったコンサートの様子を、心にのこったきよしさんの真心トークも書きとめながら、2回にわたってレポート書いていますので、よろしかったら!
それでは、次回の更新はJ:COMホール八王子でのコンサートのご報告になるでしょうか。
八王子コンに”全集中”できるように、3日間はしばしお仕事の原稿に専念します!
皆様、コメントをありがとうございます。
お返事できずに心苦しいですが、すべて(アンチの方も気にかけてくださる裏返しだとわかっています!)ありがたく読ませていただいています。
今回のこの記事も、皆さんのお声があったから、深夜になっても発信したいという情熱がわき、書き上げることができました。
感謝!


