アンコールで「きよしのズンドコ節」を歌い終えると、あらためて来場のお礼を言葉にされました。

「今回の公演には著名人の方もお越しくださっています。

今日は昼の部に天童よしみ姉さんと彦摩呂さんがきてくださいました。彦摩呂さんは2度目で、天童さんは、昨日、”きいちゃん、明日行くから”って連絡くださったんです。

先輩方や同業の方にも来ていただけて嬉しいですし、どんなふうにみてくださっているんだろうと不思議な気持ちになります。

そして、夜の部には、自分に歌手にならないかとスカウトしてくださった水森英夫先生がどちらかに来てくださっています」

と、皆の反響に、

「ええと、こういうとき、迷うんですよね。ご紹介させていただいてよいのか、迷惑にならないかなって...」

と、口ごもったきよしさんに、水森先生がその場で手をふってくださったのでしょう。

「ああ、あちらにいらっしゃいます!」

きよしさんが嬉々として右手を前方にさしだすようにされたので、その方向を視線でおうと、1階席のセンター後方で手をふって、皆の声援に応え、会釈される水森先生の姿があったのです。

奥様もご一緒でした。

 

「今日、9月20日は、曽我廼家寛太郎師匠のバースデーなので、あとでお祝いさせていただきますが、水森先生は9月18日がバースデーなんですよね。

高校生のときにNHKの歌の勝ち抜き歌番組にでたときに、先生にスカウトしていただいたんですが、何年前?

今、43歳だから...、ええと、ね?

先生が46歳のとき、自分を東京につれてきてくれました。

(先生と奥様は自分の)東京の父と母なんです。

思い出がいっぱいありますから...。

赤の他人の自分にほんとうによくしてくださって、修行中に旅行につれていっていただいたこともありました。

いろいろと思い出すと涙がでそう...」

きよしさんは、いったんそこでご自身の思いをおさめたかのようにみえたのです。

 

でも、

「最後は、水森先生がつくってくださった『大丈夫』です!」

と声高らかにタイトルコールをされて、「大丈夫」を歌いだされると、次第に瞳は潤んで...。

とめようのないほどに涙があふれて...。

きよしさんは何度も声を詰まらせそうになりながら、それでも最後の最後まで歌いきったのです。

なんて美しくて、あたたかくて、幸せな涙、そして歌唱だったことでしょう。

きよしさんの嬉し涙に、一緒に涙しながら聴いた「大丈夫」は、わたしのこころに深く深く刻まれました。

 

このような状況の中、奥様を伴ってお越しくださった先生の深い愛に、きよしさんは全身全霊の歌唱で応えられたのですね。

聴いていて、あたたかいもので胸がいっぱいになったのです。

曽我廼家寛太郎さんが、そのあとのミニ・アフタートークショーで、

「奇跡を起こすよ きよしくん」

とおっしゃったあと、

「いつどないなるかわからんなかでの1か月公演。あと1週間! ゴールしたら奇跡ですよ!」

と。

ほんとうに皆さん、一丸となって決死の覚悟での公演なのですね。

日々、奇跡への挑戦をされているきよしさんにとって、水森先生ご夫妻の来場は、最大の励ましであり、ご褒美だったのではないでしょうか。

 

きよしさんが「大丈夫」を涙いっぱい、笑顔いっぱい、嬉しさいっぱいに歌い終え、上手、下手、センターとご挨拶されると、名残り惜しくも緞帳がおりました。

鳴り響く拍手!

そのとき水森先生と奥様がお席をたたれたので、拍手はいっそう大きなものになって...。

皆の拍手におふたりはその場でお辞儀をされ、割れるような拍手に送られて退席されたのです。

 

いつでもきよしさんの歌唱は素晴らしいですが、それにしても今日は、とりわけ「大井追っかけ音次郎」の歌唱に胸がすくような思いになったのです。

コンサートツアー初年度、コンサートの後半でこの曲を歌っていたきよしさんの姿と、この曲まできたら、”ああ、もう少しでコンサートも終わりなんだな”というさびしい気持ちになったことまでも思い出されたました。

水森先生がいらしたことをしって、ああ、こんなにまで歌にダイレクトに気持ちが表れる方なのだなあと、今さらながらきよしさんが心のままに歌っておられることを感じていました。

 

 

さて、では前後しますが、まずは、今日の公演のことを。

「氷川きよし特別公演」は今日で23日めとなり、夜の部で33公演め。

いよいよあと1週間、8公演をのこすのみとなりました。

 

今日のきよしさんは第1部のお芝居では、またも裏声にこだわって、由比宿でのシーンでは「箱根八里の半次郎」を”♪湯の香しみじみ里ごころ”から歌い出され、”♪やだねったら やだね やだねったら やだね”と、朗々とした歌声を響かせてくださったのです(嬉)。

かと思えば、西寄ひがしさん演じる”本物の綾姫さま”を前に、きよしさんは笑い上戸になってしまって(笑)。

もう~、笑いをこらえて、こらえて、こらえて...。

でも、しっかり笑ってるのがわかる状況で、皆も大爆笑だったのです。

どの回からなのかわかりませんが、川野太郎さんが演じるお殿様の、綾姫に対面した衝撃に、”切腹致す”という台詞はどうかなあと思う部分でしたが、それがスッキリとなくなって、綾姫の美しさについて、”独特の美しさ”と言い換えるなどなど、バージョンアップしていました。

綾姫さまがお殿様に対面した途端スイッチがはいって、モーションをかけて、皆を笑わせてくださるなど、最初はやりすぎ? とも正直思ったのですが、全体が整ってきて、いい塩梅になって、思いきり笑わせていただいています。

 

このことは終演後のミニ・アフタートークショーで曽我廼家寛太郎さんが興味深くも感動的なお話しをしてくださり、なるほどと思いました。そのことはこのブログの後半に書きますね。

 

そして、コンサートのMCで西寄さんがおっしゃっていたのですが、綾姫様を演じるのに、お顔だけでなく、背中も手もすべて白塗りにするので、休憩時間の30分間に、ひたすらその白塗りをおとすのですが、なかなかおとしきれないとおっしゃっていました。

ということは、きよしさんも?

歌舞伎俳優さんの舞台裏を映した写真で、カツラを着ける直前の姿がすごく色っぽいなあと思うことがあるのですが、きよしさんもさぞかし?

と、山村紅葉さん演じるお京親分さん同様、お着換えといいますが、お仕度をみてみたくなってしまったわたしです(汗)。

 

コンサートでは、「箱根八里の半次郎」に始まるオリジナル股旅演歌を、力をみなぎらせながらも颯爽と歌われ、先に書きましたが、とりわけ「大井追っかけ音次郎」がビシーッとわたしのこころに響いたのです。

つづく和のコーナーで、「あの娘と野菊と渡し舟」を聴いていたとき、「うたコン」の無観客生放送が始まり、その第1回にきよしさんが出演されたとき、NHKホールの3階席の最後列のうしろでの立見でもいいから、きよしさんの生の歌を聴きたいと祈るような気持ちで、きよしさんの歌唱を聴いていたことが思い出されました。

あのときを思ったら、今、わたしは奇跡を目の当たりにしている!

そんな思いがあふれてきたのです。

西寄さんがコンサートのMCで、このような状況で、お越しになりたくても、残念ながらお越しになれないというたくさんのお声がとどいていることをお話しくださっていました。

 

わたしも、コメントやブログメールにお返事が書けずに申し訳ないのですが、自分が参加したくても叶わなかったら? という思いで、参加させていただいた公演についてできる範囲ではありますが、ご報告させていただこうときめたのです。

そんなわたしに、当初自分で用意していたチケットに加えて、参加できなくなった方のチケットをくださる方がいらして、参加できる回数が増えたのです。

それらのチケットは、ファンの方からまたファンの方へと何人もの方の間をバトンのようにつながれて、わたしのもとにとどきました。

お礼をしようにも、もともとのチケットの持ち主の方のお名前さえ存じあげないのですが、きよしさんのために、”前席なので空席にしたくない”という思いとのことでした。

今回の公演では、そのような対応をされる方のお話しをちらほら耳にします。

そんな皆さんへ、公演の様子がとどいたらという思いもこめて書いています。

 

さて、「母」を歌い終えると、

「ようこそお越しくださいました。

生のコンサートは半年ぶりですが、明治座さんも1か月公演は半年ぶりなんですね。

8月28日に初日を迎えましたが、その前の2週間の稽古期間からずっと外食せず、部屋ですごしてきました。

1か月大成功させたいと、厳重に気をつけて皆で一丸となってがんばってきました。

今日で23日目。

皆さんもがんばってくださって、今日までお客様からもひとりも感染者がでていません。

氷川きよしチームと皆様が一丸となってここまでこられました。

ありがとうございます」

と、来場のお礼を言葉にされました。

 

そして、リラックスされたのか、

「歌うのもね、ほんとうに疲れるんですのよっ!」

と語尾をあげておっしゃると(笑)、

「でも歌える場所があって幸せです。

皆様のお声は聴けませんが、拍手の厚みを感じて、拍手で会話させていただいています。

ありがとうございます」

とすぐに言い添えられたのです。

 

ここで西寄さんが登場されてのトークとなりました。

「早いですね。あと1週間!

あと1か月くらいできそうですよ~。

24歳で名古屋の中日劇場で初座長公演。

あのときは右も左もわからなくて、時代劇とかまったくわかりませんでしたから。

ほんとうに大変で、(思うようにできなくて)泣きながらやっていました。

でもそういう経験があって、今があるんだなって思います」

 

43歳になった話題になり、

「こんなきれいな43歳いますか?」

と西寄さんがおっしゃると、

「そうでしょうね」

と満面の笑みのきよしさん(嬉)。

さらに西寄さんが、その立ち姿の美しさを絶賛されると、

「楽しんでいますす」

とお答えになりました。

 

そして、

「6月に『パピヨン』をださせていただいて、(これまで以上に)幅広い人につたわって。

やっぱりポップスを歌いたいという夢を殺さないで歌っていきたいと思ったんです。

演歌を大切にしながら、たまにはポップスを歌わせていただきたいなって。

その思いが形になったのが、10月13日に発売するニューアルバム『生々流転』なんです。

ジャンルの隔たりなんて関係ないなって。

その根本の心こそ大切。自分の心は何も変わってないんですよ。

今は好きなものだけを選ぶ時代になっていますけど、時代にあったやり方でそれをまた広げていきたいなって思っています。

『アナザースカイⅡ』では自分のいろいろな思いを語らせていただいて、反響をいただきました(嬉)。

まだまだおつたえしたいことがたくさんありましたけど、30分の枠のなかでしたから。

でも、自分にとっても、新たな自分の世界を広げていけたらという思いを確認できた、良い機会になりました」

 

と、ここで布袋寅泰さんのコラボレーション・アルバム「Soul to Soul」のインフォメーションが西寄さんからありました。

「お声をかけていただいて光栄でした。

いつか外国での歌唱もやってみたかったから。

一度ハワイでコンサートをしたことがあって。

日系の方もたくさん来てくださったのですが、皆さんが自分の歌を聴いて涙されて、(言葉の壁も越えて)純粋に歌を楽しんでくださっているのをみて、(それ以来)外国の方の前でも歌ってみたいと思うようになったんです。

海外にいって、海外の方の考え方をしると、いいなあと思うことがたくさんあります。

今回、14人になかにいれていただけて嬉しかったです。

すごくいい歌なので、その歌もいつかいろんな方の前で披露できたらいいなって思っています」

 

さらにきよしさんから良い香りがするという西寄さんのご報告から香水の話題になると、

「和装、洋装でも変えていますし、香水は絶対つけます。

アタマで考えるよりニオイというか。感覚で生きてきたから...。

計算とか苦手ですし(笑)。

だから、(まとっている)香りって脳にダイレクトにとどきますから、とても大事なんですよ」

とお話しされたのです。

 

1部、2部、絶好調のきよしさん!

昨日、今日の2日間で昼夜計4公演をおこなったとはとても思えないエネルギッシュで、楽しいパフォーマンスと歌唱に、こころから幸せな思いにさせていただいていました。

ポップスコーナーでは、その場から立ち上がりたいほど熱くなって!

せっかく少し秋めいてきたというのに、わたしは身も心も真夏に逆戻りして、”誰かわたしのアタマからお水かけてください”という状態になったのです(嬉)。

 

 

さて、後半のお話をこの記事の冒頭に先に書きましたので以下は終演後のミニ・アフタートークショーのことを。

緞帳があがると、アンコ―ルでお召しになっていた万国旗柄の衣裳のきよしさんと西寄さんが登場されました。

おふたりの間にはビニール貼りのスクリーンは置かれています。

きよしさんは手にかねふくさんの大きな紙袋をもっておられ、おふたりで、曾我廼家寛太郎さんとはもう30年以上も一緒にやっているような気がするとお話しされていたのです。

もう、デビュー21年目なのに、30年?

 

と、そこに、曽我廼家寛太郎さん(以下、寛太郎さんと呼ばせていただきますね)が登場されました。

オシャレな黒と白のブロックチェック柄のハンチング帽をかぶられ、その下には豊かな黒髪が!

そして、エメラルドグリーンのジャケット、その左胸にはゴールドのコサージュが光っています。

黒のタイトなパンツ、シャツは白地にピンク系のストライプがはいっていたでしょうか。

超オシャレな寛太郎さんは、今日、62歳になられたそうです。

おめでとうございます!!!

 

ひとしきり、豊かな黒髪の話題でもりあがると、寛太郎さんは帽子をとられ、”向きをいろいろ変えられて便利なんですよ”と、黒髪でできたお帽子といってよいのでしょうか? そちらをくるくるとまわしていたら、キャッ、落ちちゃった~(汗)。

大爆笑の大サービスでしたが、きよしさんからは、なんと「Happy Bierthday to You」のお歌のプレセントがあったのです(嬉)。

そして、かねふくさんの商品の詰め合わを手渡されると、

「いろいろ入れさせていただきました。パスタソースもはいってます」

と、おっしゃると、CMソングをハナウタで歌詩もおぼろに披露(笑)。

 

きよしさんが退出されると、明治座さんでの「め組の辰五郎」からご一緒してくださっていることをお話しされ、

「(ご一緒するまでは)あんなええ人と思いせんやし」

と。

バースデーをお祝いすることはサプライズだったそうですが、きよしさんが待ちきれずにコンサートのなかでお話しされてしまい(アンコール水森先生を紹介されたときですね)、それを寛太郎さんは楽屋のモニターをご覧になっていて、事前にしってしまわれたそうです(笑)。

 

寛太郎さんは大学卒業後、松竹新喜劇に入団され、藤山寛美さんの弟子になられましたが、新人時代、まだ木造だった明治座さんで公演されたときの思い出もお話しくださったのです。

夜な夜な、仲間とこっそりと六本木や渋谷にくりだしていたのですが、ある日、藤山寛美さんが、ラーメンの屋台がきたので、”若いもんにラーメン食べさせてやれ”と、20杯も用意してくださったのですが、寛太郎さんほか数名が不在で(汗)。

先輩方がひとり3杯ずつ召しあがったそうです。

「翌朝、師匠に目から火がでるかと思うほど叱られました(笑)。

でもそれも今となってはよい思い出です」

と。

 

寛太郎さんはトークショーに、下準備をしてきてくださるそうで(わたしは初めてでしたので)、今回は、”ひかわきよし”とひらがなで筆書きしたものをついたてにかけられ、”僕からみた氷川きよし”というテーマで語ってくださいました。

「ほんとうは、えらい方ですから、ちがう呼び方をせなあかんという方もおられますけど、あえて、”きよし君”と呼ばせていただきます」

と前置きされたのです。

 

ひ⇒日々進化するきよし君!

か⇒かねふくの明太子!

わ⇒枠にはまらないシンガー、きよし君!

き⇒奇跡を起こすよ、きよし君は!

よ⇒弱音をはかないきよし君!

し⇒しわがないね、きよし君! さらに言い換えて、幸せにしてね(僕を、お客さんを)きよし君!

 

うわっ、素敵! 

お見事ですね~。

 

寛太郎さんは、

”ひ”については、

「別れたあと、すぐに電話がかかってきて、”(あそこをやっぱり)こうしませんか”って。

そういう姿勢は師匠の藤山寛美と一緒やと思いました。

師匠も幕が開いてからも、毎日、もっとより良いものにとつくりかえていましたから」

 

”き”については、先にも書きましたが、

「いつどないなるかわからない状況で、あと1週間! ゴールしたら奇跡ですよ」

 

さらに”よ”についても、その前向きさ、皆をひっぱっていく力について、

「師匠の藤山寛美と一緒やと思います」

と、お褒め下さっていました。

喜劇王の藤山寛美さんの愛弟子の寛太郎さんに゛師匠と一緒゛といっていただけるなんて、素晴らしいですね!

 

寛太郎師匠、これからもずっとずっとよろしくお願いします。

明治座さんでのゴールインのあとは新歌舞伎座さんが待っていますね。

 

と、皆様、駆け足の更新で失礼しました。

明日は、仕事ですが、明後日はまた明治座さんに伺います。

時間はやりくりできても、正直、わたしの予算には限りがあります。

でも、今回はきよしさんのために空席をつくりたくないという、きよしさんを愛する方たちの真心から、チケットがリレーのバトのようにお友だちからまたそのお友だちへと託されて。元々チケットをお持ちの方とはまったく面識のないわたしが譲り受け、予定していたより多くの回にうかがわせていただいています。

何人もの方を通しているので、チケットの持ち主の方たちに直接のお礼も叶いませんが、ブログを書くことで少しでもお返しできたらと。