「神戸の皆さん、素晴らしいです。
関西魂を感じます。
皆さんがあったかくて。じーんときて。泣きそうになる...」
言葉をちょっぴり詰まらせてそうおっしゃったきよしさんのまごころを感じて。
わたしもまた泣きそうになりました。
神戸国際会館 こくさいホールでおこなわれたコンサートの夜の部のラストトークでのこと。
思いをそんなふうにお話しされたのは夜の部でしたが、昼の部からそのような思いを抱かれていたのでしょう。

きよしさんは、幸せそうに微笑まれると、
「これであさっての岡山のコンサート、がんばれますよ」
そうおっしゃり、さらに、
「皆さんも健康でいてくださいね。
わいもがんばるわぁ」
と堂に入った関西弁が飛び出したので、大爆笑となりました。

昼夜とも皆の熱い思いに応えるように、熱唱につぐ熱唱でした。
今回の構成のコンサートの関東以外での開催は初めてなので、きよしさんが衣装を変えて登場されるたびにどよめきや歓声、感嘆のため息がきこえてきて。
わたしもいっそう新鮮な思いで参加させていただいたのです。
ちなみにセットリストや構成はわたしが前回参加させていただいた相模女子大学グリーンホールでのものからアンコールも含めてかわっていません。

さて、旅先でスマホでの更新ですが、昼の部で印象的だったことから書いてみようと思います。
ところで、昼の部のオープニングトークでのご挨拶で、゛老若男女゛が、゛ロウニャクニャンニョ゛となってしまい、今回はうまくいえませんでした(汗)。
ということは前回は、゛まぐれ゛だったのでしょうか?
なんて(笑)。

20周年のお礼を言葉にされると、
「20年、いろんな歌を歌ってきました。
あっという間でしたね~。
もう、思い残すことないですよ~」
と、しみじみとおっしゃいました。

なんだかとても幸せそうなきよしさんでしたから、そうおっしゃりたくなるほどに、今、満ち足りた思いでおられるのかなあと、勝手ながら思ったのです。

新曲を披露するコーナーで、
ダブルA面の1曲である「最上の船頭」を紫の着流し姿で歌唱されると、
「今日は皆さんにぜひご覧いただきたいものがあるんです。少々お待ちくださいませ」
と、急ぎ上手袖へ。
なにかしら?
とわくわく。
すると、きよしさんはすぐに、あるものを肩にかけ、またあるものを手にもってこられたのです。

それは今日から発売のシャンパンゴールドの手さげバッグとポーチ。
きよしさんみずから宣伝されたものですから、その効果は絶大!
わたしが夜の部で入場した時には、手さげバッグは売り切れになっておりました。
用意していた数がすべて売れてしまったということで、完売ではないようですから、興味のある方は、今後のコンサートで入手できるのではないかと思います。

そして、3月12日にリリースされる「最上の船頭」と「大丈夫」のカップリング曲を紹介されまのですが、Aタイプのカップリング曲の「越後の雪次郎」は、股旅もの。
昼の部では、数フレーズを、夜の部では、歌い心地がよかったのでしょうか? もう少しでワンコーラス? というくらい、アカペラでたくさん歌ってくださいました。

Bタイプのカップリング曲の「惚れたがり」は、「きよしのズンドコ節」の頃にできていた曲なのだそうです。
「長良プロデューサーが、゛40くらいになったとき、歌えるだろう゛って、いっていたのを思い出して、入れさせていただきました」
と夜の部でお話しくださいました。

Cタイプのカップリング曲の「きよしのよさこい鴎」は、高知の方への思いを混めてつくられたそうですが、昼夜とも、大阪の曲をつくっていて、とてもよい曲であることをおしえてくださったのです。
思わずでてくる台詞までおっしゃってから、
「あっ、まだいったらいけないんだった(汗)」
とおっしゃっていたので、ここでは、゛よい曲で、大阪弁で子台詞もある゛ということのみ書くことにしますね。

昼の部のラストトークで、こんなことをお話しされました。
「18歳で福岡・博多から上京して。アルバイトしながら水森英夫先生にレッスンをしていただいてデビューしました。
デビューする前はCDを1枚だすのが夢でした。
でも、CDをだしたら、今度はだすだけじゃすませられない。
ヒットさせないとならないんですね~。
1曲目の『箱根八里の半次郎』は皆さんのおかげでヒットしました。
そうしたら゛1曲目はよかったけど、2曲目は大変だよ゛っていわれて。
でも、皆さんのおかげで2曲目もOK!
そうすると今度は゛3曲目が大変なんだよ゛っていわれて。
3曲目が゛ズンドコ節゛。
でも、また次になると゛4曲目が大変なんだよ゛って。
それが『星空の秋子』で。
今度は゛5曲目が勝負なんだよ゛っていわれました。
5曲目は『白雲の城』。
新しい曲をださせていただくことは嬉しいんです。
でも次々に新しい曲をだしていったので、正直、(プレッシャーで)胃が痛くなることもありました。
20代のときはとにかく多くの方に自分の歌をおとどけしたいという思いで無我夢中でした。
30代も一生懸命で...。
40代になって、またさらに勉強の日々ですね~」
きよしさんは、笑顔でそうおっしゃったのですが、わたしは胸がいっぱいになりました。
そして、゛氷川きよし゛というアーティストの深淵を垣間見たような気がしたのです。
そう、努力の天才でもあるのだと、あらためて感じ入ったのです。
天性の声と、表現者としてのたぐいまれな才能。
そこに妥協を微塵も許さない努力があって、今日があるのでしょうね。

ときにおおそれ多く神々しい存在でもあるきよしさんですが、立ち見の方が多数おられることに気づかれると、着流しのまま、正座をして頭をさげられました。
そこで、西寄さんが、
「お着物がシワになりますよ」
ととどめようとされると、
「パンツがまる見え?」
と(笑)。
もう、確信犯?
もちろん正座したくらいでは見えませんよ、ね?


楽しかった昼の部の余韻をそのままに、夜の部のきよしさんは、さらにハイテンション。
オープニングから、
「これまで3000公演ちかくコンサートをさせていただいていますが、今日が1番いいですね。
ほんまに! ほんまやで!!
神戸、大好きなんです。海もあって上品な街でしょう。
僕も上品ですから、あうんですよね~」
とおっしゃったのですが、そのあと、
「イヒヒ匕匕」
と、上品とは真逆な笑いを(笑)。
こんなふうに書いていると、きよしさんのことがどんどん愛しくなってしまいますね。

トークはつづいて。
「コンサートがあくと、さみしくなるんですよ。
今、やっぱりオレの居場所はここなんだって思います。
これまで30数枚、無器用ながらなんとかどうにか歌わせていただいてきました。
皆さんの代弁者のつもりで歌ってきたんです」
きよしさんが無器用だったら、自分はどうなっちゃったかしら?
と思いながらお話をきいていたのです。

そして、新曲の「大丈夫」のわだいになったときのこと。
「こどもの頃、よく母に゛大丈夫゛っていわれてたんですけど。どんなときにかっていうと、従姉妹のお姉ちゃんがおさがりを着せられて、僕はそれがイヤだったんです。
サンリオのキキララのとか。(女の子のだから)好か~んって。
そうすると母が゛大丈夫゛って。
よくいってたんですよ。
゛おまえのことなんか誰も見とらん゛って(笑)」
きよしさんには申し訳ないですが、なんかかわいかったでしょうね、きっと。

そんなふうにお母さまとの゛大丈夫゛にまつわるエピソードをお話しくださると、
「゛大丈夫だよ゛って励ましたいですよね。やっぱり生きるということは、不安と確信のせめぎ合いだと思いますから」
そんな思いを込めながらも、からりと晴れやかに歌唱されるのだから素敵なのですよね。
そういえば、コンサートの前日、川中美幸さんとたまたまお会いして。
「゛きよしちゃんの声は底抜けに明るいの! それは他の人にはないものよ゛っていっていただいたんです。
そんなふうに思ってくださっているなんて、嬉しいですね」
とお話しされました。

そして、いよいよのラストトークでは、新曲の衣装を着流しにされたことについての話題から、
「やっばり着物っていいなって思うんですよ。着物とかお茶とか素晴らしい日本の文化を海外の方に伝えたいですよね。
そして、日本人として、日本の音楽をとどけたいなって思います。
日本が世界と繋がっていったらいいなあって。
来年はオリンピックとパラリンピックが東京で開催されるので、日本のいいものを世界に発信できるチャンスですから。
日本人のプライドをもってこれからも歌っていきたいてす」
と結ばれたのです。

※急ぎ、スマホでの更新で失礼しました。
誤変換などお許しくださいませ。
スマホでの更新はわたしの場合、肩がコリコリになってしまいます~。