”やっと、また逢えた。
ずっと、ずっと逢いたかったの!”
時空を経て、再会できた、男とも女ともしらない麗しきひとの歌声と、その愛しき魂の輝きにこころふるわせていました。
皆さんは転生を信じていますか?
わたしは、魂は永遠で、どなたもきっとなんども転生を繰り返していて...。
だから、今、お逢いする方とは、きっとどんな出逢いも再会で、”また逢えましたね”ということなのではないかしら? と思っているのです。
魂には性別はなくて、わたし自身、男性だったことも、女性だったこともあるのだろうなと思いを馳せることもあって...。
だから、ジェンダーレスな、あの麗しいきよしさんの姿に見惚れ、爆発するような「限界突破×サバイバー」の激しくシャウトする魂の歌声に、そんな思いがふくらんだのです。
「きよしこの夜 Vol.18」で空中を舞うように、クレーンバルコニーのうえで歌唱するきよしさんに驚き、見惚れながら、夢をみているような思いでみつめて、ただただその存在が愛しくて、”また逢えたね!”と、かなうことなら、その魂を抱きしめたくなったのでした。
2日めの昼の部にすわった席では、ぐーんと眼前にきよしさんが迫って、ときに頭上をかすめて...。
きっと、きよしさんをこんなふうにみつめたことが、これまでに転生した人生の折々にあったのではないかしら? と、今、自分が生きているということよりも、たしかなものに感じられて...。
今でも目をつぶると、その光景がうかんで、夢のつづきをみているような思いになるのです。

おはようございます。
少しお時間いただいていました。
週末は仕事をしていたこともありましたが、この記事の冒頭に書かせていただいたような思いがわいていて...。
その思いを書かずしては、「きよしこの夜Vol.18」の2日めのことを書けなくなっていたのです。
もちろん、お読みくださるかたのなかには、妄想? と思われるかたもおられることをわかってはいるものの、最近の、自分では把握できないほどの来訪者の数に、なんだか気後れして書きにくくなってしまって...。
自分の気持ちとともに、落ち着くのを待っておりました。
冒頭に自分のなかにわいた思いををなんとか言葉にして書くことができたら、今はひらきなおっています(笑)。
自分の思いをおしつけるようなつもりはないので、”なに?” と感じたかたは、”妄想”とスルーしてくださいね。
さて、以下は、「きよしこの夜 Vol.18」の2日目(12月14日)で印象にのこったことを、トーク中心に書いてみようと思います。
夜の部のアンコールで、「勝負の花道」のイントロが奏でられると、ステージの階段上段に登場されたきよしさんは、軽やかにおりてこられたと思ったら、3段目くらいのところで、ぴょ~ん!とジャンプされました。
もうっ、”危ないからやめて”って、いつもみんなにいわれてるでしょ。
と、思いながらも、2日間4公演のいよいよアンコールを迎えたきよしさんの思いを感じて、胸がじんときたのです。
そういえば、昼の部では、最後の最後に大きな投げキッスをしてくださいました(嬉)。
また、先の記事に生声でお礼をおっしゃったことも書かせていただきましたが、きよしさんは輝くような笑顔で、「勝負の花道」を歌唱され、「きよしのソーラン節」では、前に後ろに、”♪ヤーレン ソーラン”と歌われるときの振りを飛びあがるようなオーバーアクションでされました。
全4公演あわせて120曲目となる「きよしのズンドコ節」を、声高らかに歌ってくださり、そのエネルギッシュで晴れやかな歌声に、きよしさんとともに、20周年への大きな1歩を踏みしたのだということを感じたのです。
昼の部で、あらためてセットのモチーフがダイヤ柄になっていることに気づいたのです。そして、前日、「恋人よ」を歌唱される折に気づいたダイヤ柄の大きな照明の役割もする天井からおりている飾りというかオブジェはもっと前の段階でおりてきていることや、両サイドのペガサスの目が光ったり、途中、いったん姿を消すなど、セットにもこまかな転換があることがわかりました。
それは、ぜひ、後日つくってくださるDVDでわたし自身楽しみたいと思いますので、ここではこまかくはふれないでおきますね。
昼の部で、「愛の翼」を歌い終えると、
「大変にご挨拶が遅くなり、申し訳ございませんでした」
と開口一番おっしゃって、来場のお礼を言葉にされると、
「18回目となります。初めてのときは、ものすごく緊張して、高熱がでました。
緊張も度がすぎると高熱がでるんですよね。
でも、”氷川きよし”としての責任を果たさなければという思いで、コンサートに臨みました。
今日も、このこころと身体、自分の命をつかって、歌を皆さんにおとどけしたいと思います。
どうぞ最後までおつきあいくださいますよう、よろしくお願いします」
とご挨拶されました。
そして、
「皆さんを代表して歌わせていただいているという思いだったからこそ、19年歌わせていただけたんだと思います」
と言葉をつがれたのです。
この回にはマスコミの方が多数はいられていて、下手の壁際に15台近くのテレビ用のムービーカメラが並んでいました。もちろん客席には記者やカメラマンさんも多数おられたようでした。
きよしさんはそのことを紹介され、取材陣にご挨拶されると、
「ありがとうございます。
もうどんどん自由に録っていただいて。
でも、せっかくならきれいに撮ってくださいね」
とお目目をパチパチッ(笑)。
そして、
「いってくだされば、すぐに顔つくりますんで」
と、しなしなと”キメポーズ”をされたので、場内大爆笑でした(笑)。
車椅子席のかた、2階席のかた、1階後方、真ん中、前列とあらためてご挨拶され、手をふられると、
「怒涛のように歌がつづいて、衣裳替えもドタバタして...。
ちょっと今、ゆっくりさせていただいています」
と本音をぽろん。
そして、昼夜とも、日本各地を舞台にしたオリジナル曲を歌唱されたコーナーで、
「デビュー曲(の舞台)が箱根で、次が静岡ですから。”ご当地ソングのプリンス”じゃないかなって思うんですけど、誰もいってくれないんですよね~。
”ご当地ソングの女王”は事務所の先輩の水森かおりさんですけど。
日本各地で災害があって、被災地にうかがわせていただくこともなんどもありました。
歌い手としてできることは、歌でまごころや思いをとどけることだと思ったんですよね。
実際に各地を訪れて、ときにはこっそりとうかがって、そこで感じたことも歌でとどけたいんです。
この間、大槌町にいって、泣きました。
そういう思いもおつたえしたいです」
とおっしゃっていました。
司会の西寄ひがしさんをまじえてのトークでは、
伊豆にめんたいパークがオープンしたというおしらせに、
「行きたいっ! プライベートで。
いつオープンですか?」
と行く気マンマンのきよしさんに、
「昨日みたいですよ」
と西寄さん。
そうなのです。12月13日にオープンしたのだそうです。
詳しくは、下記HPでご覧くださいね。
昼の部からすでにノリノリトークのきよしさん。
「18回目になりましたが、それもすべて皆さんがお越しくださるおかげです。
皆さんがお越しくださらなかったら、つづけることはできなかったです。
このコンサートも20回目をめざして...。
それを気に芸能界を!」
と、きよしさん、最近、このトークがお好きですねっ(笑)。
皆の”だまされないよ~”という様子に、はにかみながら、
「ひきつづき、がんばります」
ですって(笑)。
そしてシリアスモードで、
「これから表現者としていろんなものを表現していきたいです」
とおっしゃると、
「今年81歳!
あっ、すみません21歳でした(笑)」
とおっしゃったので、西寄さんからものいいが(笑)。
さらに、
「まあ41歳なので~。
年齢的にアイドルじゃなくて。自分でいうのもおこがましいけどアーティストとしていろいろな表現をしていきたいなって思うんです」
と熱く一気に思いを語られるきよしさん。
西寄さんに、
「意外と気が強いんですね~」
といわれてしまいました(笑)。
もうっ! きよしさんが”超頑固者”で、”のぼせもん”で、”バカ正直”で、向こう見ずなほどに一途。そんでもって優しくて、涙もろいってわかってます。
あっ、これ、一応ほめてるんですよ(笑)。
きよしさんは、
「はいっ、強いです」
とお答えに(笑)。
すると、
「一途といいますか」
と西寄さんがフォローされていました。
美川憲一さんが今回のコンサートにもお花を贈ってくださったそうで、この日の朝、お礼の電話をされたそうです。
「朝、美川さんに電話したんです。そうしたら、”(美川さんの声マネで・笑)おはよう。どうも~。がんばってねっ”っていってくださいました。
僕も後輩の皆さんにそういう振る舞いをしたいと思います」
と。
そして、「第69回 NHK紅白歌合戦」への19回連続出場を昼夜ともお祝いさせていただいたのですが、衣裳の話題になると、
「もう、衣裳は考えてます。
日本最大の歌の祭典なので、もう、よりよいものを、それこそ地球上のすべてのもののなかから素晴らしいものをかき集めておとどけする思いでつくります。
テーマは”一人二役”です」
と、こっそり(?)おしえてくださいました。
楽しみですね。
また新たな元号の話題になり、平成がHなので、Hではじまる”氷川”の可能性はないことを西寄さんが説明されると、きよしさんも、わたしたちも、”じゃあ、きよし?”と妄想(笑)。
きよしさんは、
「じゃあ、”きよし元年”とか?」
とおっしゃって、大爆笑となりました。
でも、”きよし”になったらいいなあって、皆さん、今、思いませんでしたか?
ラストトークでは、最近の話題をされ、
「和室で寝ているんですが」
といいかけると、”意外”という空気がフォール中に広がるのを感じました。
きよしさんはその反応に、
「えっ? 和室じゃなくて、ベットってイメージですか(笑)。
ここ数年は畳の部屋に布団を敷いています。
布団の下にはスノコみたいのをおいていて。
(スノコみたいっていっても)オシャレなやつですよ。
それで、最近、寝つき悪いなあって思っていたら、寒いからだってことに気づいて。
それで普通の(綿の)布団だったんですけど、トリの羽根のを買いました。
皆さんのおかげです。
あったかいですね~。
羽根っていえば、鳥を飼っているんですけど、”美行(みい)ちゃん”っていって。”おはよ~”っていうんですよ。それで、”徹子の部屋コンサート”で黒柳さんに、”トットちゃん”って覚えさせてっていわれて、おしえていたら、いえるようになったんです。”トットちゃんっ”って。
それ動画にとって今度、番組に呼んでいただいたときにお見せしたいと思って」
と。美行ちゃんの声マネまで披露してくださいました。
そして、セットにこめた思いについて、
「皆さんに幸せになっていただきたいという思いをこめてつくりました」
と。
アンコールの最後の曲、「きよしのズンドコ節」を歌唱されると、最後の最後に大きな投げキッスをしてくださり昼の部の幕は降りました。
つづいての夜の部。
やはり「愛の翼」を歌い終えると、
「すみませ~ん、歌がブッつづいて。
こんにちは。
あっ、もうこんばんはになりましたか?」
とオープンハートなきよしさん。
「思いおこせば24歳のとき、デビュー2年目で、このホールでコンサートをしました。
緊張のあまり高熱をだしてしまいましたが、氷川きよしという責任を必死に果たさせていただきました。
来年は20周年。大変な年です。
氷川きよしとして、成人するわけですから。
今年1年もお世話になりました。
楽しいばかりじゃなくて、いろんなことがありました」
とのきよしさんの言葉に、”えっ、そうなの?”というざわつきがあったようで、それをうけて、
「なぬ?」
とひとこと(笑)。
それから、
「どんなに大変なときでも、希望は絶対ある。
なければ自分でつくればいいという思いでやってきました。
絶対に絶望なんかいらないって。
そういう思いを15周年のときに抱いて、今日まで歌ってきました。
20周年は翔く年にしたいです」
とおっしゃると、司会の西寄さんを紹介され、
「4回公演、お世話になりました。
このようなことを当たり前と思ったらいけないと思っています。
ほんとうに感謝しています」
とお礼をあらためて言葉にされました。
そして、こんなこともお話しされたのです。
「今まで演歌歌手として自分をカテゴライズして、がんじがらめになっていたんです。
演歌を歌ってきたのは、目上のかたに喜んでいただきたいという思いでした。
最近は、演歌も伝統芸能化しているように感じることもあって。
だからこそ大事にしていきたいですけど。
これからはがんじがらめになるのではなくて、フリースタイルで、歌いたいです。
僕は男女平等であってほしいと思っているので、演歌のなかの、男はこうしろ、女はこうあるべきという描かれ方をしているものは正直好きじゃないんです。
おこがましいですけど、そろそろ自分の人生も歌わせていただいてもいいのかなって。
デビューして、良いスタートをきらせていただきましたけど、でも1曲で消えるとか一発屋とかいわれて。2曲目がヒットしたら、今度は2曲目で消えるといわれたりしました。
あっちこっちからいろんなことをいわれましたけど、でも、どんなときも、”氷川きよしです~”って笑顔で応えて、(ひどいことをいわれても)笑顔でいて、でもこころの中では、”こんのやろう”とか、”黙っとけ~”って思っていました(笑)」
と。
きよしさんの本音発言に、
「今日ははっきりいいますね~」
と西寄さんもたじたじ(笑)。
もう、きよしさん、今日はなんでもいっちゃってください~。
そんな思いでお話しにききいっていたのです(喜)。
そして日本武道館での20周年記念コンサート(7月11日、12日の2日間4公演)のおしらせをされると、
「もう構想、練ってるんです」
とおっしゃって、オープニングの構想に話題になると、ひとこと、”スイレン”と(汗)。
スイレンといえば、”睡蓮”でしょうか?
なんて(笑)。
「うわっ、すごくいっちゃうんですよね」
とご自身で即フォロー(笑)。
そして、
「リハーサルのときは、お客様がいないので、しょぼんとしてやっていましたけど。
今は、こうしてお客様がいてくださって、歌っていて、最高です!
やっぱり、僕と、皆さんと、おたがいのこと好きって思ってるから。
仕事でも恋しているくらいの思いでやらないとうまくいかないですからね」
とのきよしさんの言葉に、西寄さんが、
「好きです」
とひとことおっしゃると、きよしさんは、
「嫌いです」
と即答されたので、
「え~っ!」
と、お気の毒な西寄さんでした(笑)。
ここでバンドの紹介となり、
「ピュアリバ―の皆さんに17年、お世話になりました。
20周年ということで、また新しいメンバーの皆さんとやっていきます。
武道館もこのメンバーでいきます」
と、きよしさんみずからがおっしゃいました。
また、今回のコンサートについて、
「400人近くのスタッフに支えられてこの公演をしています。
楽屋の廊下にも100人くらいのスタッフがいますし、衣裳さんだけでも20名くらいいます。靴担当、爪担当のかたもいてくださって。
ありがいです」
と、ここで、水森先生がお越しくださっていることをおしらせくださると、大きな拍手がおこりました。
”どちらに?”という皆の思いに応えるように、水森先生が笑顔で手を振って下さる様子がみえたのです。
きよしさんは、今の自分がいるのは、水森先生のおかげで、年齢を重ねた今、弟子を預かる側の立場にたってみて、あらためて先生のありがたさを感じられていることをお話しされ、
「水森先生には感謝しています。ありがとうございます」
とあらためてお礼をおっしゃたのです。
いよいよのラストトークで、ラフなお声でご挨拶されるきよしさんに、「きよしの人生太鼓」、「男の絶唱」とつづいた朗々とした男気あふれる歌唱との落差へのくすくす笑いに、
「歌い終わったら、素にもどっちゃって、すいませ~ん」
と(笑)。
そして、来場のお礼の言葉に、大きな”きよしコール”がおこると、
「嬉しい~。
皆さんの拍手と声援が僕のエネルギーのなるんですよ。
一方的に話してますけど、でも(皆さんの思いを)感じるんですよ。
自分でいうのもなんですけど、感受性が強いので(笑)。
ファンの皆さん、スタッフの皆さんに支えていただいて。
そしてなによりも両親の存在が僕を支えています。
親がいてくれたから、今日までがんばれたと思います。
右も左もわからない東京で、師匠の水森英夫先生にお世話になって。どこの馬の骨ともわからないのにひきうけてくださって。
感謝しかないです」
と、おっしゃいました。
と、おっしゃいました。
というのも、きよしさんのお父様がお越しになっていて、昼の部の開演を待っていた方たちが、上階にきよしさんが出て来られたのに気づかれると、きよしさんは、手振ってからお父様を紹介されたのだそうです。
そして、お父様は、゛氷川きよしのお父さんです゛とおっしゃってファンの皆に手を振ってくださったと、居合わせたお友だちからうかがったのです。
「仕事で福岡に帰ったら、母も白髪がふえていて。手をさわったらとても冷たかったんです。いつも2000円くらいのコートを着てるから、この間はダウンのコートを買ってあげました」
と。
遠慮するお母様を納得させようと、゛氷川きよしのお母さんなんだからもっとシヤレたの着てよ゛と、おっしゃったことも、お話しくださいました。
おふたりのやりとりが目に浮かびますね。
さらに、
「ジヤンタク(ジャンボタクシー)が、家に迎えにきて。母が見送ってくれていて。ジャンタクが走ってどんどん母が遠くになっていったとき、ジャンタクのなかでわんわん泣きました。
あと、何日、親といられるのかなって考えたり。
そういう年齢になったんですね。
これから、そういう思いも抱いて、さまざまな人間模様を歌っていきたいです」
きよしさんは、そこまでお話しされると、2日間4公演、2018年、そして平成最後のコンサートということで、マイクをとおさず、生声で、
「皆さん、2018年、1年間、ほんとうにありがとうございました!」
と、おっしゃったのです。
そして、そのあとは、ほぼ殴り書き状態(汗)のメモをもとに、昼夜を行きつ戻りつしながら書いてみました。
読み直しができていないので、読みにくい点、お許しください。
きよしさんは、昨夜は「新・BS日本のうた」の冬の大感謝祭に生出演されていましたね。
ほんとうにお忙しいきよしさんですが、わたしもそんなきよしさんに励まされます。
このまましばし仕事をがんばり、19日は、椿山荘のディナーショーの夜の部にまいります。