こんばんは。
きよしさんの第50回日本有線大賞受賞の感動さめやらず。
そして、皆様、受賞された4日の夜はなかなか眠れませんでしたね。
お友達からも、”まだ嬉しくって眠れない~”と深夜までメールが(喜)。
わたしもあの日はお昼までに締切の仕事があって、前の晩はほとんど眠っていなくてへろへろだったはずなのに、嬉しくて、嬉しくて、ブログを書いて、お友達にメールのお返事をしてからも、やっぱりなかなか眠れなくて...。
きよしさん、そんな幸せな幸せな夜を、ありがとうございました。
全国のファンは、皆さん同じ気持ちで、全員寝不足になっていたでしょうね。

さて、今日は午前中からバタバタしていたので、購読している新聞のうち「日刊スポーツ」をチェックしただけでしたので、帰宅してから、朝日新聞の朝刊&夕刊をなんとはなしに読んでいたら、朝刊の総合2面に”氷川きよし”という文字をみつけたのです。
その記事は、”ひと”という連載コラムで、「男の絶唱」を書いてくださった”原文彦”先生が紹介されているもの。
すでにお読みになられた方は、先生のお名前より、ずっと小さな文字の”氷川きよし”の方に先に気づくなんてとあきれておられるでしょうか(笑)。

”日本有線大賞を受賞した氷川きよしの「男の絶唱」を作詞”(朝日新聞では”作詞”という表記を採用)との副題で、「男の絶唱」の”泥に咲く花睡蓮の あゝ睡蓮の 純なこころは忘れまい”という歌詩をとりあげて、この曲が今年のヒット曲であり、日本有線大賞を受賞したことについて紹介されています。
原先生はそのことについて、
「すべては氷川さんの力。自分は未熟。まだまだ勉強中です」
とおこたえになっていました。
わたし、先生のそのひとことが先生のお人柄や生き様を物語っているようで、そしてきよしさんのおこころとぴったりと重なるように勝手ながら感じたのです。

先生は大学生の時に作詩家を志すようになりますが、女手ひとつで育ててくれたお母さまのことを思われ故郷の香川に戻って就職し、営業のお仕事をされていたそうです。
でも作詩家になるという夢を持ち続け、終日仕事でがんばったあと、深夜に詩を書いてはレコード会社に送ることをつづけて、作詩家への道を切り拓かれたということでした。
ときには、”無駄なことはやめたほうがいい”とレコード会社のディレクターさんからお手紙をいただいたこともあったそうですが、先生は”死ぬまで認められなくても、演歌な人生を送ってやろう”という思いで詩を書きつづけられたそうです。

先生が手元に置かれている国語辞典は中学入学のお祝いにいただいたもの。
そのなかの”不可能”の項をペンで消し、作詩をするためのノートの表紙には”ドブ”の2文字。
その”ドブ”とは、「男はつらいよ」の歌の詩(星野哲郎先生が書かれています)の
”ドブに落ちても根のある奴は いつか蓮(はちす)の花と咲く”のなかの言葉で、原先生が感銘を受け、”人生訓”とうけとめておられるとのことでした。

「男の絶唱」のあのひとつひとつの言葉は、先生の人生から生まれでた”睡蓮の花びら”なのですね。
初めて「男の絶唱」を聴いたとき、2番の歌詩では、どんな人生を送っている男性なのだろうかと主人公のこころの在り様が鮮やかにうかび、そして、出だしのフレーズが、夢であったと中盤で描かれて、わたしには映像でしかできないと思っていた”フラッシュバック”を詩で描けるんだと驚かされたのでした。

その後、きよしさんがコンサートやテレビの歌番組で「男の絶唱」を歌唱されるたびに、”氷川きよし”が18年間培ってきた心・技・体がみごとに拮抗し、そのトライアングルが大きな円になってどんどん広がっていくのを感じています。
そして、その奥底に、ひとりの人間としてのきよしさんの40年の人生をも垣間見えてきて...。
胸熱くなり、上、そして前を向こうよ、と励まされるのです。

そして、今回は、原先生の、
”死ぬまで認められなくても、演歌な人生を送ってやろう”という言葉に、大きな勇気をいただきました。


ところで「男はつらいよ」といえば、きよしさんもこの歌を何度か唄ってくださっていますが、わたしが思い出すのは2012年5月15日の「歌謡コンサート」での歌唱。
悲しみを乗り越えての歌唱と笑顔が忘れられません。
あのときは、
”♪顔で笑って 顔で笑って 腹で泣く 腹で泣く”
の歌詩がそのときのきよしさんのこころそのものに感じられてなりませんでした。
そのときのこのブログの記事をふり返ってみたら、終演後の歌のプレゼントコーナーで、きよしさんは「櫻」を唄ってくださっていました。

そのときの記事の一部分です。
(2012年5月15日「歌謡コンサート」終演後のこと)
トークがはずんだ後で歌ってくださったのは、衣装から予想したとおり「櫻」でした。
このコーナーではどんな選曲をされても良いはずで制約はないのだと思いますが、そこであえて「櫻」を歌うことにされたことに、私はきよしさんの大いなる決意を感じていました。
いつになく遠くを見つめていらっしゃるようにも思えたのですが、その歌声もまなざしも澄みきっていて美しかったのです。
そして、”みんな、心配かけちゃったよね。ごめんね。でも心配してくれてありがとう。一緒に泣いてくれてありがとう”きよしさんがそんなふうにおっしゃってくださっているかのように感じたのです。
大切な「櫻」が多くの方の心に届くことを、一緒に願ったに違いない長良会長のお心に応えるためにも、「櫻」をさらに心をこめて歌って行こうと心に決められたのではないでしょうか。
いつも真心を込めて歌ってくださるきよしさんの歌声に、その真実があるのだと思ってきました。
だからこそ「男はつらいよ」の私たちを優しく温かく包み込むような歌声は、きよしさんの心そのもの。
自分はつらくても苦しくても、泣き言のひとつも言わず人を勇気付け笑顔にさせ、幸せにしてくださる、きよしさんの大いなる愛を感じて、また胸熱くなるのです。

全文はこちらのアドレスでお読みいただけます。 


と、書きだしたら、長いものになってしまいましたが、
今日、明日と、「第50回 年忘れにっぽんの歌」の公開収録が上野の東京文化会館でおこなわれ、まだ番組の出演者名も公表されていないので、きよしさんが出演されるのかも(きっと出演されますよね!)、されるとしてもどちらの収録に参加されるのかも、まったくわからない状況。
そして、今日の収録にどなたが参加されたのかもよくわからないままなのです。

そんななか、明日の公開収録に誘ってくださる方がいて、明日はわたし、この番組に初参加させていただけることになりそうです。
またさらに会場となる東京文化会館 大ホールはわたしが9歳のときにはじめて学校の課外授業(あるいは移動教室というのでしょうか)で訪れた場所、以後、中学、高校とひとりで訪れていたわたしの原点の特別な場所。
もちろん大人になってからも。
一昨年のサントリーホールにも思い入れがありましたが、そのときとは比べられないくらい長い関わりと深い思い入れのある空間なのです。
明日はそこで、きよしさんの歌唱を聴くという、わたしの夢の夢のまた夢のような出来事が実現するでしょうか?


※「第50回 年忘れにっぽんの歌」の番組HPです。